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朝が来た。僕は決まって6時半に起き、カーテンを開ける。朝日を浴びながら軽く体操をし、歯磨き、洗顔、スキンケアをし制服に着替える。眼鏡をかけ髪を整え、婆ちゃんと朝食を済ませ、母さんに挨拶をして家を出る。これが朝のルーティンだ。もちろん、父さんへの連絡も忘れない。
「婆ちゃん。おはよう。」
「あら、なお君おはよう。学校初日からしっかり起きて偉いわね。さぁ、朝ごはん出来ていますよ。」
「うん、ありがとう。頂きます。」
毎朝、僕の時間に合わせて朝食を作ってくれる婆ちゃんはすごいなぁ。
にしても、今日はいつもより豪華だな……。
「婆ちゃん。今日はなんか豪華だね!」
「だって新学期初日だもの。たくさん食べて頑張ってほしいの。」
「ありがとう。でも今日は始業式だから午前で終わるよ?」
「いいのよ。なんでも初めは肝心だから。」
「そっか、ありがとう。頂くね。」
「ええ。」
婆ちゃんは僕の対面に腰を掛け、
どこか悲しげな顔で僕を見つめていた。
「ん?婆ちゃん、どうしたの?」
「ねぇ、なお君。
お婆ちゃんね、心配していることがあるの。」
「え、何? 何かあった?」
「……。なお君、お友達はいるの?」
「……!!」
動揺で手が止まった。
「え、いるよ? でも急にどうして?」
嘘をついた。
大好きな婆ちゃんに、僕は嘘をついた。
「だって春休みの間、一度もお友達と出掛けなかったでしょう?それだけじゃないわ。夏休みも冬休みも…なんなら、この家に来てから一度もお友達の話を聞いたことがないから、もしかしたらって心配で。」
「な…なんだよ、そんなことか。それはただ、友達とは家が遠くてあまり会わないだけで、学校では話すしうまくやってるよ。あははは。」
また嘘をついた。
嘘笑も下手くそだ。
罪悪感という名の無数の針が、心臓を突き刺す音がした。
「そう?それならいいのだけれど……。でもね、なお君。高校生活も残り一年よ。お婆ちゃんはね、お友達と遊びに行ったり恋をしたり、色んな思い出を作ってほしいのよ。大人になった時に後悔しないように。」
「……後悔…………」
「いい?学生ってのはね、長い人生の中ではほんの一瞬の出来事なの。お婆ちゃんも家が厳しかったから、なかなか家から出してもらえなくて悔しい思いをしたわ。後悔していることだってたくさんある。なお君を見ていると、昔の自分と重なる時があるのよ。あなたにはそんな想いしてほしくないわ。だって、なお君とお婆ちゃんは違うもの。あなたはどこへでも行けるし、行っていいのよ。だからこの一年間は、精一杯に楽しみなさい。」
「…うん……そうだね。ありがとう。」
「はぁ~、朝からこんな話してごめんなさいね。楽しむのも大切だけど大学受験もあるし難しい年頃よね。そんなことより、素敵なクラスだといいわねぇ。帰ってきたらまた話してちょうだい。」
そう言いながら、僕の手を握りしめた。とても温かな笑みを浮かべて。
その時の僕は、嘘をついた自分への嫌悪感と、心配させてしまった罪悪感と、そんな毎日を過ごしたいという願望と、過ごしたかったという悔しさと、その願いからは程遠い日々への絶望と、この学園に来た後悔と、逃げ出したい恐怖感と、今日からの期待と不安とで、頭と心はグチャグチャだった。
この後、婆ちゃんに何と言ったのか覚えていない。
「いってきます」
今日の挨拶は、笑えなかった。