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「パパ、なんか変だよ?パンケーキ屋さん行った時からかな?」
本屋を出て、昼頃に待ち合わせた場所に戻っていると、正面を向いて歩きながら、真顔で奇縁がそう言った。
「ぇ、えー?そんなことないんだけどなぁー、あはは…」
「いや、誤魔化さなくてもいいよ?パパ」
焦り気味、棒読み気味でごまかせる訳もなく、言われてしまった。
「…いや、奇縁ちゃんの家庭環境が複雑だって知ってから色々考えちゃってさ…」
俺は三、四割くらいは事実を話した。俺が、嫌われているんじゃないか、肉体関係を求められるのならロマンじゃないか、などを考え始めたのは全て、奇縁ちゃんの家庭環境の複雑さから来たものだ。嘘では無い…と信じたい。
俺がそんなことを言って考えていると、奇縁ちゃんが急に止まって俺の方を見た。
「そんなこと言わないで?」
そう言うと俺を抱きしめた。
「今日だけかもしれないけど、今日だけでもいい。今日だけ、パパは私のお父さんなんだよ?私の家庭環境なんてどうでもいいでしょ?言うの遅くなったけどパパは私のお父さんとしてで良かったんだよ?」
その瞳は悲しそうな雰囲気を出している。でも、何か、なんの感情も抱いていないような気がした。
それとは真逆に、俺は自然と感動と嬉しさで笑顔になっていた。
「そっか…そうなんだね」
嬉しくて嬉しくて仕方ない。
俺は元々小さい女の子が好きで、パパ活を始めたのも、小さい女の子と触れ合いたかったからだ。でも実際パパ活とは、女の人が男の人とデートしたり肉体関係を持ったりして女の人が男の人からお金を貰うことだった。
お金は持っているが、正直、初めて知った時はがっかりした。でも、その時に初めての通知が奇縁ちゃんから来たのだ。
俺はその時の嬉しさを超えるくらいの感動を今、経験しているのだ。
元々、田舎出身で、友達と一緒にこの街に来たのだが、学生時代からロリコンだのクズ野郎だの言われ続けていたから、それはもう感動的だ。
この感動で今までのストレスや悲しみなどが浄化されていく。
でも、それでも不純な心が俺を蝕んでいく。
奇縁ちゃんをぐちゃぐちゃに犯してやりたいと思ってしまう。
小さな可愛い女の子で、俺のことを認めてくれた奇縁ちゃん。そんな奇縁ちゃんに身体の関係を求めようとしてしまうのだ。
でも、考えたなら行動してしまえ。百聞は一見に如かずとはこういう場面でも言うのだろうか。
どちらにせよ、奇縁ちゃんを犯したいという感情のために、俺は行動することにした。
「あ、そうだ奇縁ちゃん。そろそろ夕方で危ないし、俺が家まで送ってくよ。家に着いたらお金渡すしさ?」
俺が笑顔でそう言うと、奇縁ちゃんは不自然に間を空け、口を開いた。
「…ありがとうパパ」
その瞳には何故か憎悪が浮かんでいるような気がした。そして、少し睨まれたような気もした。
「ここだよ」
そう言って奇縁ちゃんが連れてきた家は、木造アパートの一階だった。すると、そのアパートの一番奥の部屋に、奇縁ちゃんはどんどん入っていった。
部屋は割と新しめで、リビングにはテレビに観葉植物などがあり、玄関に一番近い部屋には、机や漫画家の部屋にありそうな物が沢山あった。
すると奇縁ちゃんは、玄関から三部屋目まで離れた部屋へと入っていった。俺もその後に続き、その部屋へと入った。
その部屋は何もなく真っ暗だったが、強いて言うなら下や壁にビニール袋を切ったと思われるものが大量に入ってあった。
「…さて、パパ。ここに座ってくれない?」
奇縁ちゃんはそう言って座って欲しい場所を指さした。その指に従って、俺はそこに座った。すると、右の手で俺の口を塞ぎ、左の手でバッグから取り出したと思われる包丁を手にしていた。まあ、奇縁ちゃんから見れば左右逆だろうけれど。
というか、そんな場合じゃない。殺される?俺は何故殺されるんだろう。身体の関係を持とうとしていることも言っていないのに。
「悠真、お前は何がしたいの?本当の考えを言わなきゃ私にバレないとか思ってたの?したいこととか感情とか、コロコロ変わって気色悪いんだけど」
奇縁ちゃんは嫌悪感漂う表情と瞳で口を塞いでいる手で俺を押し倒し、そして見下ろした。
「私はね、お前みたいなクズで気持ち悪いやつなんか愛さない。愛したくない。私がしたことは、私と私の愛する人の将来のためなの。愛する人の幸せのためにしてることなの、分かる?」
そう言うと奇縁ちゃんは、包丁を持った右手を振り上げ、思いっきり俺の首元に刺した。
俺は口を塞がれ首元を刺され、叫びたくて、喚きたくて仕方がなかった。でも、どうしても声が出なかった。手足を限界まで暴れさせ、両手で奇縁ちゃんの左手を退かそうとしたが、押し倒されている奇縁ちゃんの手には力が入っている。それに、俺は刺されて体力がなく、正に絶望的だった。
「お前を抱きしめた時、反吐が出そうだった。美輝ちゃん以外の誰かを抱きしめて、美輝ちゃん以外の誰かを慰めて……愛してもいない、大嫌いな奴にそんなことするなんて、本当に嫌で仕方がない。言葉にし難い感情だった」
そんな言葉を言い終えると、次は俺の左横腹を右手で持つ包丁を振り上げ、刺した。
首からも腹からも血が溢れ出て、生暖かくて、それを超える痛みが襲いかかる。
痛くて痛くて、もがきたいのに、それができなくて、絶望しか感じることが出来ない。
手足を動かしてもがけるとしても、体力は消費されていくばかり。
「どう?痛い?苦しい?まあどうでもいいけど……。お前は邪魔なの。私はお前の金だけが欲しかった。その金で美輝ちゃんとの幸せを掴めるから」
すると奇縁ちゃんは、二回、三回…と繰り返し横腹を刺してきて、正面の腹も刺し始めた。
何度も感じた痛みと新たな痛みで涙が出てくる。喉から声を出したいけれど、首元から血が流れるだけ。生きているのも辛いくらいに絶望を感じる。
「パパは今私のお父さん?ふざけんな。そんなわけねえだろ。夢見がちなの?全然好きじゃないし、愛してないし。てかごめん見るのも気色悪いからさっさと死んで」
そう言うと俺の左目を包丁で指し、右目も包丁で刺してきた。新たな痛みが増えて、俺はまだ生きていることに、自分の体力を恨むことにしか出来なかった。
何も見えない真っ暗な視界。見えないことで痛みは増していく。
あぁ、これが死ぬ感覚なのかな。
病気で死んでしまう人もきっとこんな感覚なんだろう。
なんでいい行いを一つとして出来なかったんだろう。
これまでの行いを悔やみ、懺悔をする時間もないくらいに奇縁ちゃんは俺を刺し続けた。
もうすぐ意識がなくなるという所で、俺は瞬間的に思い出した。
最後の最期まで奇縁ちゃんは、その赤い瞳に俺を映してくれていなかったこと。
ずっと、俺に嫌悪感を抱いているような態度、話し方をしていたこと。
最期の瞬間、パパと呼んでくれていなかったことに気がついたこと。
せめて、その赤い瞳に映すだけでもして欲しかった。
もし映ったとして、その場面も、もう見ることはできない。
きっと、奇縁ちゃんは愛する人しか映さないんだろう。確か、愛する人の名前は…。
思い出せないまま、俺は意識を手放した。
あぁ、死ぬんだな、そう感じることしか出来なかった。