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第15話:杭のない明日へ
月が砕けたような空の下、
黒く焦げた大地に、一本の杭が突き立っていた。
それはすでに力を失っているはずの《死の杭》。
だがその周囲には、なおも緊張と重力の歪みが残っていた。
その杭の前に、男が立っていた。
白いスーツ、端正な顔。
金髪に近い銀髪を後ろに撫でつけ、片目に黒い義眼をつけている。
彼こそが、“あの日”最初の杭を撃った――アメリカ大統領の側近、コード名《ルーク》。
対峙するのは、ゼインとナヴィス。
ゼインは、黒の戦術コートをまとい、背にある“演算杭”が微かに脈動している。
その目は鋭く、しかし揺れていた。
ナヴィスは白銀の装束に身を包み、黒髪を三つ編みにしながら、
首元に下げた“共鳴装置”を静かに握っていた。
すずかAIの声が、ゼインの端末に走る。
「対象確認。生命反応正常、精神演算レート平均を大きく上回っています。
<彼は“撃った責任”を明確に保持している。
対話は可能――ただし、敵意排除の準備は必須です」
ゼインが一歩前に出た。
「ルーク。なぜ、お前が撃った?」
ルークは微笑んだ。
「“撃つ理由”など要らなかった。
ただ、世界が“命”を軽んじていたからだ。
その価値を、杭で定義し直す。それだけのことだよ、ゼイン」
ナヴィスが静かに言う。
「あなたの杭は、人を目覚めさせた。
でも同時に、数えきれない命を消した。
それを“価値”と呼ぶの?」
「“選ぶ力”のない命は、いずれ無力になる」
ルークは杭に手を添え、まるで彫刻を撫でるように語った。
「私がしたのは、その速度を早めただけだ。
君たち碧族は、“選んだ”。それでいい」
ゼインが歯を食いしばる。
「選べなかった命はどうなる?
あんたの杭で記憶を失い、生きる意味すら奪われた人間が――
あんたの理屈じゃ“消えて当然”なのか?」
ルークは黙った。
そのとき、ナヴィスのフラクタルが起動する
《FRACTAL = LINK_TESTIMONY()TYPE = SHARED_EMOTION]
→ 範囲内全員に、“共鳴記憶”を開示
杭の周囲に、蒼い粒子が舞う。
そこに浮かび上がったのは――
名もなき子供がパンを焼いている映像。
誰にも命令されずに、ただ隣の誰かのために動いていた人々の記憶。
「これは、選ばれなかった命の、未来です」
ナヴィスの声は、風のように静かだった。
「記録も祈りもない。
でも、それでも生きていた。
その命を、あなたは杭で断とうとした」
ルークが俯いた。
次の瞬間、杭が軋みを上げて砕けはじめた。
ゼインの手に光が集まる。
《FRACTAL = REJECT_SPIKE(TERMINAL_KEY)
→ 対象:死の杭
→ 起動中…
「やめろ、ゼイン……!」
ルークが手を伸ばす。
ゼインは言い放った。
「力で終わらせない。
これは、“命でつなぐ”選択だ」
杭が崩れ落ちる。
蒼い光が地に吸い込まれ、
世界に残っていた最後の杭が、音もなく消えていった。
すずかAIの声が、静かに流れた。
「“杭コードの全停止”を確認。
世界の主要エリアから、死のフラクタルは完全に消失しました」
ルークは、その場に崩れ落ちた。
彼の義眼から流れたのは、初めての涙だったのかもしれない。
空は晴れ、風が静かに吹いた。
杭のない空の下、ゼインとナヴィスはただ立っていた。
戦いの終わりは、力ではなく、命の価値を問う対話の中にあった。
そして世界は今――
ようやく、“選ぶ”未来へと歩き始める。