ティニールは泣き崩れていた。その傍で、少女の身体が一つ。あの身体を借りる猶予はある。あの娘の運命を。必要であるなら、他の人間の身体も利用して彼女の運命を良くしよう。あの身体が私を拒まない限り。
私はそう決心すると、倒れている彼を置き去りにある場所へ向かった。
「ここかな…」
私は花園と森の境界線に来ていた。近くの茂みに身を潜めた。ちょうど気配を隠した頃、それはやってきた。
馬のかける音がすぐ目の前に迫っていた。
「ここだ、ここから先が広大な花園のエリアだ」
ドルリアンから聞いていた覆面の黒服姿の集団だ。
「こんな広大な場所を燃やすのか」
「あぁ、壮大な景色が見られる」
「あの教会もひとたまりないだろう」
黒ずくめの集団は何やら他人事のように話をしている。
「子供だけ残しても、始末する大人まで移動させたら話にならんだろ」
「子供は恐ろしい。未知なる力を持っているからな」
「その謎の力とやらに賢い大人が巻き込まれるのは、御免こうむるだろ」
私は茂みに息を潜めながら聞いていた。
子供が原因で大人達が移動した?ドルリアンが村から追い出された事と何か関係しているのかもしれない。
彼らは、下げていた革鞄から地図を取り出した。
「逃げ道を確保しろ」
隊長のような勇ましい声が場に響くと、残りの人間は森の奥へ走っていく。軍隊のような動きだ。
残された隊長はいつの間にか松明を手にしていた。朽ちた灰を撒き散らしながら静かに燃えるそれは、花園を焼き尽くす兵器と言ってもいいだろう。
「さて…この景色はいくらで売れるかな」
彼がそう呟きながら葉巻をふかす。その匂いに私は顔をしかめた。きっと同じくらいに、彼らの足元に咲いている花々も苦しめられていることだろう。
「隊長、逃げ道はこの森を北へ走り抜けると良いかと」
一瞬のうちに肩を上下させた部下が戻ってきた。
「分かった。これより、この場所を焼け野原にする。お前の息が落ち着いたら開始するとしよう」
「感謝いたします」
「私もこの光景を無くすには惜しいだけだ」
松明の炎は己の役目を自覚したのか、勢いを増していた。私はそれを合図もように、静寂と荒い息遣いが残る場から姿を消した。向かった先は彼らの逃げ道の終着点だ。
彼らは、あの茂みから道なりに沿って、必ずここへたどりつく。この少し開けた場所が彼らの夢の安息地。
私はここに小細工をした。あとは戻って、産み落とされたばかりの儚い炎を消すだけだ。
間もないうちに彼らと入れ違いになった気がした。馬がかける音が耳に残っている。それも今は、聞こえないほど遠くへ行ってしまったけれど。というのも、私には関係ない事だから。
「ちょっと、いい加減目を覚ましたらどうなの?」
誰かの声とともに軽く頬へ走る痛み。
「やっと起きた。勝手に追いかけていって、これはないでしょうよ」
目の前には私を覗き込むティニの姿があった。心做しか心配そうで泣きそうな顔。その表情に既視感を覚えるのは、私の気のせいだろうか。
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