テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
二人の自宅で、滉斗は人生最大の難敵に直面していた。
それは、元貴が拾ってきた一匹の小さな子猫だった。
「ひろぱ、見て。この子、君にそっくりだと思わない? 目元がキリッとしていて、なんだか不器用そうなところが」
元貴がいたずらっぽく笑いながら、ふわふわの白い子猫を滉斗の膝に乗せる。
かつて戦場を凍てつかせ、数千の軍勢を一人で退けた「最強の当主」は、今や石のように硬直していた。
「……元貴、どかせ。俺は、こういう小さい生き物の扱いは心得ていない」
眉間に深い皺を寄せ、鋭い眼光で子猫を見下ろす滉斗。しかし、膝の上で「みゃあ」と無邪気に鳴いた子猫が、彼の太い指を小さな前足で抑え甘噛みした瞬間、滉斗の肩が目に見えてびくりと跳ねた。
「おい……噛んでいるぞ。こいつ、俺を敵だと思っているのか?」
「ふふ、違うよ。甘えているんだよ。ほら、優しく撫でてあげて」
元貴に促され、滉斗は震える手で、真剣を握る時よりも何倍もの緊張感を漂わせながら、指先で子猫の頭をそっと撫でた。
その瞬間、子猫が気持ち良さそうに目を細め、喉を鳴らし始める。
「…………」
無言になった滉斗の顔を、元貴が覗き込む。
そこには、かつての冷酷な剣士の面影など微塵もない、ひどく狼狽し、それでいて耳の先まで真っ赤に染めた滉斗の姿があった。
「……柔らかすぎる。壊してしまいそうで、手が動かせない」
消え入りそうな声で零した滉斗は、結局その日の午後、子猫が自分の膝で眠りこけてしまったせいで、一歩も動くことができなくなった。
元貴が淹れてくれたお茶が冷めていくのも構わず、滉斗は痺れた足を我慢しながら、愛おしそうに寝息を立てる子猫を、壊れ物を扱うような優しい眼差しで見つめ続けていた。
その日の夜、元貴は見てしまった。
誰もいない土間で、滉斗がこっそりと子猫に向かって、「お前……腹は減っていないか」と、戦場では決して出さないような、とろけるほど甘い声で語りかけている姿を。
「ひろぱって、本当は世界で一番優しいんだから」
物陰から見守る元貴の胸元には、あの日から変わらぬ翡翠の首飾りが揺れていた。
コメント
1件