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「お腹空いたな……」
「飯ですか?」
時間を確認すると、間もなく正午過ぎだった。
今朝がた街道の茶店に立ち寄った際は、ひと串の団子を分け合ったのみで、両名とも朝食らしい朝食にはありつけなかった。
「なに食べたい?」
「サンドウィッチ!」
連れの注文に沿い、辺りを確認する。
都市部とあって、飲食店の選択には事欠かないようだった。
ただ、妙にカラフルと言うか、どこを見てもやたらとケバケバしい看板が目立ち、どうにも二の足を踏んでしまう。
「コンビニは?」
「ざけんなや!」
「そっかー……」
思い余って提案したところ、身も蓋もない応答があった。
もう少し周辺を散策し、表通りから葉脈のように伝う中通りへ。
ふと、年季の入った喫茶店が目に留まった。
小ぢんまりとしているが、清洒(せいしゃ)な雰囲気が閑静な巷路によく馴染んでいる。
これ幸いとドアを開くと、焙煎(ばいせん)の良い香りが迎えてくれた。
途端に肩の力が抜けるのを感じつつ、店内の様子を一巡して眺める。 時間も相俟(あいま)って満席に近く、数名の店員たちが忙しそうに走り回っていた。
カウンターの末席を見つくろい、やれやれと腰を落ち着ける。
そんな二名の隣席では、割合に図体(がたい)の良い老骨が、真っ昼間からグラスを握ったまま潰(つぶ)れていた。
「ご注文は?」
そこに一瞥(いちべつ)をくれた後、愛想を取り直したマスターが、決まり文句でオーダーを取りに来てくれた。
「ここのコーヒー旨(うめ)えかね? こないだのぁヤバかった! 完全に墨だぜありゃ!」
「お前さん、コーヒーの味ホントに分かんのか?」
注文の品を待つ間、手元のメニューをまるで絵本のように取りなす相棒の傍(かたわ)らで、葛葉は深々と息を吐(つ)いた。
いまだに朱(しゅ)を得ない紅葉(もみじ)のような手が、洒脱(しゃだつ)なページをペラペラと繰(く)る様は、ひとえに愛らしくあり、見ていて飽きない。
よもや母性愛では無かろう。
ふと、近場の席で熱心に語らう若者たちの声が、喧騒の袂(たもと)からポロリと転がるようにして小耳に届いた。
「最近は狼が人気だって。“猟師 ”の間だと」
「聞いた聞いた! 見た目よりかは獲(や)りやすいって」
「どうよ? 俺らも」
「え? いやでもお前……」
“猟師”と言えば、この界隈(かいわい)では独自性の強いものを指す場合が多い。
現状の衣食を整えるため獲物を狩るのではなく、行く行くの衣食住を獲得するため獲物を狩る。
先見に飽(あ)かして、せっせとひた走る働き者たち。 そんな風に表せば聞こえは良い。
ところが、連中の底意地は見え見えだ。
“兎にも角にも、天(あめ)の船賃を手っ取り早く稼いでやろう”
まこと、こちらとしては辟易(へきえき)するより他はない。
「甘(あめ)えっての、ねぇ? そんなんでニンマリする性質(たち)っすかぃ? あのおヒト、姐御のお父っつぁん」
「まぁ……、逆じゃない?」
「怖え顔で火吹いたり?」
「やめな。 笑えん」
在りかたや魂胆はともかく、一応は歴(れっき)とした職業であるワケだし、当方が口を挟む謂われは無い。
それに業種が業種なだけに、危険も多いと聞く。
「体張ってバケモン殺(と)りまくりゃ、晴れて極楽往生ですか?」
「人によると思うよ。 それは、もちろん」
相棒が口を尖らせて唱えた“バケモン”という語義は、現状かの若者らが議題に挙げる狼の様相に、まさしく打ってつけのニュアンスだった。
あれはもはや、狼と呼べるような代物ではない。
生物学上の定義を大きく逸脱し、その身は巨大。 爪牙が恐ろしく堅牢で、辺境の土地では人家が壊される被害も頻発しているそうな。
彼らの生息圏は、いまや全土に飛び火しつつあると言う。
気になる価格、もとい船賃を得るための代価であるが、これは一律でないため、何とも言い難(がた)い。
一頭を退治たのみできっかりと等価に及ぶ者もいれば、百頭から数百頭を狩ったところで足蹴(あしげ)にされる者らもいる。