テラーノベル
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人は、音に騙される。
拍手。歓声。フラッシュの光。
それらが重なれば、そこに真実があると錯覚する。
だが本当は違う。
真実はいつも、音の消えたあとに残る。
彼は、静かな部屋でモニターを見ていた。
大型テレビの中では、若手俳優が笑っている。
スタジオの照明を受けて、まっすぐで無垢な笑顔を浮かべている。
『今年最もブレイクが期待される俳優、朝倉湊さんです!』
拍手。
歓声。
カメラに向かって、少年は軽く頭を下げる。
「いやいや、ほんと運が良かっただけです。周りの人に恵まれてて」
嘘だな、と彼は思う。
あの子は運など信じていない。
昔からそうだった。
人の顔色を読むのが異様にうまい。
泣きたい時ほど笑う。
八年前も、そうだった。
――泣かなかった。
両親の訃報を聞いた夜。
棺の前でも。
会見の裏でも。
ただ、じっとこちらを見ていた。
あの目は、覚えている。
疑いも、怒りも、まだなかった。
ただ、観察していた。
「成長したな」
彼は小さく呟く。
画面の中で湊が笑いを取り、スタジオがどっと沸く。
完璧だ。
あの立ち位置。
あの間の取り方。
あの視線。
父親譲りだ。
……いや。
違う。
あれは、もっと計算されている。
彼はテーブルの上の古い写真立てに目をやる。
そこには、若い俳優夫婦と、小さな兄妹。
海辺で笑っている。
あの日の写真だ。
あの二人は、少し賢すぎた。
余計なものを見た。
余計な正義を持った。
だから――
彼は写真を伏せた。
テレビでは司会者が言う。
『ご両親も偉大な俳優でしたよね。夫婦心中という悲しい出来事から、もう八年……』
一瞬。
湊の笑顔が、止まった。
コンマ一秒。
普通の人間なら気づかないほどの間。
だが彼は見逃さない。
「……ええ。あのときは正直、何も分からなかったです。でも今は、胸を張って言えます。両親の息子で良かったって」
完璧な回答。
スタジオはしんみりし、拍手が起きる。
演技か、本音か。
どちらでもいい。
大事なのは、制御できるかどうかだ。
彼はリモコンで音量を下げる。
「まだ子供だ」
そう呟きながらも、わずかな違和感が胸に残る。
あの目。
八歳の夜と同じだ。
静かに、何かを計算している目。
スマートフォンが震えた。
《例の件、処理完了しました》
短いメッセージ。
彼は返信しない。
指示は最小限。
関わらないことが、最善の防御だ。
これまでも、そうしてきた。
あの夜も。
直接は何もしていない。
ただ、少し背中を押しただけだ。
人は追い込まれれば、自ら選ぶ。
それを“演出”と呼ぶかどうかは、立場の違いだ。
テレビを消す。
部屋に静寂が戻る。
「湊」
名を呼ぶ。
返事はない。
当然だ。
だが、彼は確信している。
あの少年は、いずれこちらに来る。
自分の足で。
光の中心へ。
そして――
真実に触れる。
そのとき、どんな顔をするのか。
彼は少しだけ、楽しみにしていた。
窓の外では夜景が輝いている。
光は美しい。
だが、闇がなければ存在できない。
彼はカーテンを閉めた。
その瞬間、部屋は完全な暗闇に沈んだ。
拍手の音は、もう聞こえない。
けれど物語は、確実に動き出している。
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