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自分の行動がおかし過ぎて、羽理はそれもイヤだったのだけれど。
ずっと、待たせていることを言い訳してくれた上で、羽理のことを申し訳なさそうに呼び出してくると思っていた大葉が、呼び出し自体〝中止〟だなんて有り得ないことを言ってくるから。
羽理はモヤモヤした気持ちを抱えつつも、それに一言『分かりました』と打ち返した。
だが素っ気ない印象を与えるはずだった六文字は、折れ耳猫が嬉し気に頭を囲むように腕全体で〇を形作っているコミカルなイラストのスタンプに自動変換されて。「あ、違う!」と思った時には、指が自然な流れ。送信ボタンをトトッとタップしていて、そのまま送信してしまっていた。
正直、そんな可愛らしいスタンプを送るような気分ではなかったので、すぐさま送信取り消しをしようと思ったのだけれど、送るなり既読になってしまってすごすごと諦めた羽理だ。
(……もっと素っ気なく「りょ」とか送ってやればよかった!)
約束を破るなんて最低ですよ!?と言う気持ちを返信に込めたかったのに。
結局、こんな些細なことの積み重ねで、大葉にとって自分は軽い存在になっていくんだろう。
小さく吐息を落としながらそこまで考えて、羽理はハッとする。
唯一付き合ったことがある元カレにですら、そんな面倒くさいこと思ったりしなかったのに。
(私、大葉に甘やかされ過ぎてワガママになってる……?)
そう気が付いた途端、更に気持ちが沈んで……。こんなことではいけないと思うのに、モヤモヤが消せない自分に物凄く落ち込んだ。
***
溜め息を落としては仕事が一向に捗らない様子の羽理を、さすがにおかしいと思ったんだろう。
「荒木さん、ちょっとこっちへ」
少し離れた課長席に座る岳斗から呼ばれた羽理は、上司から「もしかして体調悪い?」と問い掛けられて、しゅんとうなだれた。
別に熱があるとかそういうわけではなかったのだけれど、岳斗にも気付かれたように今の羽理は全く役に立たない。
羽理は少し考えて、十五時前と言うとっても中途半端な時間ではあったけれど、有給休暇を取らせてもらって早退することにした。
何だかよく分からない感情にかき乱される自分の不甲斐なさが嫌で嫌でたまらなくて……ブルーな気持ちのままノソノソと帰り支度をしていたら、仁子から小声で「大丈夫? もしかしてランチタイムに課長と何かあった?」と顔を覗き込まれて……。
仁子からの優しい声掛けに、羽理は何故だか分からないけれど、鼻の奥がツンとしてジワリと涙がこみ上げてきてしまう。
もちろん、何かがあったのは課長と……ではない――。
真っ先にそう返すべきところを羽理が気付けずにスルーしてしまったのは、平常心ではなかったからだろう。
そればかりか――。
「約束……したのに……あっさり破られ、たの……。向こうから……言って、きた、くせに……」
小さな声で途切れ途切れに言ったら、仁子が「えっ? どういうこと? 課長とのランチ、行けなかったの?」と聞かれて。
「あ……」
さすがにそうじゃない、と続けようとした羽理だったのだけれど、ちょうどそこで岳斗が「法忍さーん、ちょっといいかな?」と仁子に声を掛けてきたから。
私語で上司からの呼び出しを無視させるわけにはいかなかったので、羽理は淡く微笑むと、仁子を岳斗の方へとうながした。
(仁子のことだもん。どうしても気になったらきっと、課長にだってランチのこと、確認しちゃうよね?)
仁子にとって、羽理との会話の当事者が倍相岳斗ならば、その彼に呼び出された仁子が羽理との話のズレを岳斗の方に問いただして正しく理解するのも時間の問題だろう。
そう思いながら羽理が見詰める視線の先。
仁子が岳斗に伴われて小会議室に入って行くのが見えた。
羽理は二人の背中を小さく会釈をして見送ってから、フロア内に残った他の面々に「お先に失礼します」と声を掛けて一人トボトボと財務経理課を後にした。
***
帰宅後何もやる気になれなくてふて寝していた羽理は、十七時過ぎにノロノロと起き出したのだけれど。
ぼんやりした頭のまま、ふと枕そばに置いていたスマートフォンを見ると、仁子からのメッセージがいくつか届いていた。
『調子はどんな? 何かいるものがあったらメッセしてね。届けるから』
と言う文言の後に、小首を傾げて心配そうにする可愛いタヌキイラストのスタンプがくっ付いていて。
それに続くようにして数分後のメッセージで『そういえば課長とのランチ、ちゃんと行けてたみたいだね。じゃあ、羽理との約束を破ったのは結局誰だったの? 何の約束を破られたの?』と打ち込まれていた。
それとは別に倍相岳斗からの着信が一件。
留守番電話サービスに残された録音を聞いてみると、体調うかがいだったらしい。
羽理は小さく吐息を落とすと、通知を全て見終わったスマートフォンをポイッとベッドに放り投げた。
「大葉の……バカ……」
未だに何の連絡もないと言うことは、大葉は羽理が早退したことにですら、まだ気が付いていないのかも知れない。
「お風呂……入ろ……」
モヤモヤし過ぎて小説を書く気にもなれないとか。
羽理は気持ちを切り替えるべくサッとシャワーを浴びて早めに就寝してしまおうと考えた。
(そういえば屋久蓑部長の家に置いてた着替え、着て帰っちゃったな……)
今飛ばされたら、パジャマとして持ち込んだものぐらいしか着るものがない。
そう気が付いたのだけれど、いつもよりずいぶん早い時間の入浴だし、一連の不思議現象に対する大葉の推察が正しければ、同時に入浴しない限り安全なはずだ。
そういえば――。
(週末にその予想が正しいかどうか検証してみようって言ってたくせに……それもしてないままじゃん……)
そこをもっとちゃんとしていたら不用意に飛ばされる心配をしなくても良かったのに。
(大葉の……バカっ!)
午後以降何度目になるだろう。
大葉のことをバカと称するのは。
大葉があの綺麗な女性を優先して、自分との約束を反故にしたのは確かだ。
そう思うと心臓がズキンと痛んで、羽理は胸を押さえて吐息を落とした。