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(私の不整脈。胸のモヤモヤまで付け加わって悪化してるよ? なのに……何でそばにいてくれないの?)
医者でも温泉でも治せないこの病は、大葉と一緒にいることでしか治らないって言ったくせに。
服を脱ぎながらも、考えるのは大葉のことばかり。
¦羽理《うり》は生まれてこの方、こんなに一人の異性のことを考えたことはないかも知れない。
(大葉の、バカ!)
羽理は全ての服を脱ぎ終えて風呂場の扉を開けながら、再度大葉に毒づいた。
ベッドに放り出されたスマートフォンの電池残量が残り二パーセントになっているのに気付けなかったのは、痛恨の極みだったかも知れない。
***
ゆっくりと湯船に浸かるのが好きな羽理が、お湯張りをせずにシャワーだけで風呂を済ませようと思ったのは本当に久しぶりだ。
疲れた日や癒されたい日にはお気に入りの入浴剤を入れて好きな香りに包まれながらのんびりと身体を温める。
大好きなはずのそんなことすらしたくないと思ってしまったことに、自分でも凄く驚いた。
いつもより熱めに設定したお湯を浴びながら、羽理は何だか分からないけれどポロポロと溢れてくる涙に戸惑って。
(あの綺麗な女性が来たから、大葉は私のことなんてどうでも良くなってしまったんだよね?)
そう思ったら、信じられないくらい心が乱れた。
(私、こんな感情知らない……)
羽理は次から次に零れ落ちる涙をシャワーで誤魔化しながら、懸命に頭を洗って身体をボディソープの泡で包んで。
洗顔料で顔も綺麗に洗ったけれど、それでも涙はなかなか止まってくれなかった。
羽理は涙が引くのを待つのを諦めてシャワーを止めると、風呂場から出ようとドアを開けた――。
***
「えっーーーっ!? どういうことぉ!? 貴女、どっからわいてきたの! っていうか、誰!? 何でここにいるの!?」
突如投げかけられた矢継ぎ早な黄色い声に「えっ?」とつぶやいて視線を上げると、目の前にナイスバディな裸の女性がいて。
ほろほろと涙を流しながら濡れそぼったままの羽理を指さしながら大きく目を見開いた。
問われた羽理も、何が何だか分からなくてすぐには答えられなくて。
泣き過ぎて痛む頭を抱えながら見回せば、どうやらそこは大葉の家の風呂場のようだった。
でも。
目の前にいるのはもちろん屋久蓑大葉なんかではなく、先ほど会社の受付で見かけた綺麗なお姉さんで。
サッとバスタオルで自分の身体を包みながら羽理をじっと見つめてきたその人の視線に耐えきれなくなって、羽理がギュッと身体を縮こまらせたと同時。
「ねー、たいちゃん! 私がいるのに女の子連れ込むとかどういう神経してるの!?」
羽理の横をスッと通過した女性が、脱衣所の扉を細く開けて、すぐ先に続くキッチンへ向かって声を掛けた。
「はぁ? 柚子、何をわけの分からんことを……」
そんな声とともに近付いてきた足音とともに、脱衣所の扉が大きく開けられて大葉が顔を覗かせた。
「大、葉……?」
「羽理!?」
柚子と呼ばれた女性の後ろで泣き腫らした目をして立ち尽くしたままの羽理を見るなり、大葉から名前を呼ばれて。
彼の声に羽理がビクッと身体を震わせたのを合図にしたように、大葉が、慌てた様子で裸の羽理にバサリとバスタオルを被せてきた。
「……お前、何でこんな時間に風呂入ってんだよ! まだ会社にいる時間のはずだろ!?」
タオル越し、まるで折悪しくワープしてきたことを責めるみたいにそう問い掛けられた羽理は、柚子と呼ばれた女性との時間を邪魔するなと怒られたように感じて、胸がズキンッと痛んだ。
(どうして約束を破られた私がそんな風に言われなきゃいけないの?)
そう思ったと同時、堰を切ったように言葉が溢れてきてしまう。
「大葉こそ! ……就業時間中に女性を家へ連れ込んで……一体何してるの!?」
悔しさからなのか、悲しさからなのかわけが分からない涙をポロポロとこぼしながら眼前の大葉をキッ!と睨み付けたら、彼が驚いた顔をして。
そこでやっと、現状のマズさに思い至ったみたいに慌てた様子で言い返してくる。
「ば、バカッ。お前、何か勘違いしてるようだが……こいつは俺のすぐ上の姉でっ、……お前が考えているようなやましい間柄じゃねぇ!」
まくし立てるように大葉から発された言葉に〝姉〟という文言を拾って、羽理は呆然とつぶやいた。
「お姉……さん?」
「はーい! 私、たいちゃんの二歳上の姉でーす。――で、なになに? 羽理ちゃん?はひょっとしてたいちゃんの想い人? ねっ、たいちゃん! 伯父さんはそのこと知っててたいちゃんにあんなこと言ってきてるの? それとも知らないだけ? やだぁ! お姉ちゃん、物凄ぉーく興味津々なんだけどっ♥ わぁー、ななちゃんにも教えてあげなきゃーっ」
戸惑いを多分に含んだ羽理の声に、柚子が羽理には何のことだかサッパリ分からない言葉を交えながら、嬉しそうに羽理の方へ身を乗り出してくる。
どうやら柚子。
他のことに気を取られた結果、羽理が突然姿を現したことについてはひとまずポーンと頭から抜けてしまったらしい。
そう言うところが五つ上の長女――七味より扱いやすいのだが。
(どの道、面倒臭ぇことに変わりねぇわ)
大葉はマシンガントークを繰り広げる姉を心底鬱陶しげに押し退けると、「ややこしくなるから柚子は引っ込んでてくれないか?」と、かなり強引に彼女をキッチン側へ追い出してから、脱衣所の扉をピシャリと閉ざした。
***
「大葉……?」
明らかに泣きまくったとしか思えない羽理が、困惑しまくりの顔をして自分を見上げてくるから。
大葉は衷心から申し訳ない気持ちで一杯になって。
「びっくりさせてすまん。あと……約束もすっぽかして悪かったな。……もしかして……お前がそんな風に目、泣き腫らしてんの、俺のせいか?」
そっと目元に触れて告げられた大葉の言葉に、羽理がギュッと下唇を噛んだのが分かった。
大葉は二人姉がいる関係で、幼い頃から姉たちのことを各々名前で呼んできたのだが、そのせいで羽理にあらぬ誤解をさせてしまったらしい。
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