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そあふぃー
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黒瀬瑞樹が隣の303号室に引っ越してきてから、数週間が経過していた。
その間、彼は「作りすぎてしまって」というお決まりの口実を手に、およそ三日に一回のペースで我が家のドアを叩き続けている。
最初は頑なに拒もうとしていた柊吾だったが、母・真理子がニコニコと出迎えて受け取ってしまうこともあり、気づけばそのペースに慣らされつつあった。
なにより悔しいのは――認めたくないけれど――彼が作る料理が、本気で美味いということだ。
特に先週持ってきた「煮込みハンバーグ」は絶品だった。
一口食べた瞬間、肉汁と濃厚なデミグラスソースが口いっぱいに広がり、思わず「うまっ……」と声が漏れてしまったほどだ。本当にほっぺたが落ちそうで、恥ずかしながら「また食べたいな……」と今でもふと思い出してしまう自分がいる。
(……それにしても、なんであの人は、僕の好みにドンピシャな味付けが作れるんだ?)
柊吾は和食の煮物も好きだが、実は洋食ならデミグラス系のハンバーグが大好物だ。そんなこと、一言も話した覚えはない。介護士としての観察眼で「こういうのが好きそうだ」と見抜かれているのか、それともただの偶然なのか。
考えれば考えるほど、モヤモヤとした疑問が胸に湧き上がる。
それに――瑞樹の顔だ。
整いすぎた顔立ちと、眼鏡の奥の切れ長な瞳。ふとした瞬間の横顔を見るたび、柊吾は頭の片隅で違和感を覚えていた。
(誰かに似ている気がするんだよな……)
どこかで見たことがあるような、けれど思い出せない。
初日に母が「劇団の方?」なんて言っていたが、あながち間違いでもないかもしれない。
もしかして、元タレントだとか芸能関係者だったりするのだろうか。
(もしそうだとしたら……余計にお近づきになりたくないんだけど)
華やかな世界にいるような人間と、母の介護だけに追われる自分。住む世界が違いすぎる。
これ以上関わったら、自分の惨めさが際立つだけだ。
「……はぁ。夜風でも浴びて、頭冷やすか……」
母を寝かしつけた後、溜まりに溜まったモヤモヤを吐き出すように、柊吾は静かにベランダへと出た。
しめやかな夜風が、火照った顔を撫でていく。手すりに肘をつき、夜空を見上げながら大きく息を吐き出した。
(……今度料理を持ってきたら、ちゃんと『もうお気遣いなく』って断ろう。これ以上、ペースを乱されるのは嫌だ……)
心の中で固く決意を固めた、その時だった。
隣のベランダから、カチッという小さな金属音が響いた。
(……え?)
反射的に視線を向けると、暗がりの中で小さな赤い火が揺らめいた。
直後、ふわりと夜風に乗って漂ってきたのは、甘く重いタバコの香り。
手すりに身を預け、眼鏡を外した素顔で夜空へ紫煙を吐き出していたのは――他ならぬ、瑞樹だった。
昼間の完璧で爽やかな介護士の顔とはまるで違う、どこか物怠げで影のある横顔。
「……こんな時間に会うなんて奇遇ですね。休憩ですか?」
こちらの気配に気づいた瑞樹が、少し低い、生の男の声をかけてくる。
(……なっ……!?)
決意を固めた矢先の突然の遭遇に、柊吾の心臓が大きく跳ね上がった。
昼間とは違う、少し低く掠れた声。
そして――月明かりとタバコの火に照らし出された、眼鏡のない瑞樹の横顔。
その整いすぎたラインを捉えた瞬間、柊吾の頭の中で、雷が落ちたような衝撃が走った。
暗闇の中で見せるその目元、鼻筋、吐き出す息の色気。
画面越しに何度も何度も見つめ、夜な夜な自分を慰めるお供にしてきた、あの推しAV男優の顔と、あまりにも重なりすぎていた。
(――嘘、だろ)
違う、と思いたかった。他人の空似だ。世の中には似た人間の三人くらいいるっていうし、きっとそれだ。
そう自分に言い聞かせようとするのに、心臓は嫌な音を立てて早鐘を打ち続け、鼻の奥がツンと痛くなるような焦りがせり上がってくる。
(……嘘だと言ってくれよ……)
認めてしまえば、何かが取り返しのつかないところまで転がり落ちていく気がした。だからこそ、柊吾は必死にその可能性から目を逸らそうとした。
「……柊吾さん? どうしました、そんなに固まって」
瑞樹は指に挟んだタバコを軽く揺らし、くすりと小さく笑った。
眼鏡がない分、その切れ長な瞳の威力がダイレクトに伝わってきて、柊吾の思考は完全にキャパオーバーを起こした。
「……っち、ちょっと夜風に当たりたかったんですが、母が呼んでるみたいなんで! 失礼します!!!」
思わずひっくり返った声を隠す余裕もなく、柊吾は背を向けると、逃げるように部屋の中へ転がり込んだ。
コメント
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あら〜、これはまた急展開…! 柊吾くん、まさか隣のイケメン介護士が推しのAV男優ってオチはないわよ〜〜!? ベランダでの遭遇シーン、瑞樹の昼と夜のギャップがエグくて刺さりました。眼鏡外した瞬間の色気、画面越しの柊吾くんと同じくこっちも固まっちゃったわ。逃げるように部屋に戻る柊吾くんの心情が痛いほど伝わってきて…続きが気になりすぎる🔥