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「うふっ。うふふふふっ」
学校が終わって自宅に戻る道中、私はニヤニヤしながら自転車を漕いでいた。加えてほくそ笑みながら。
「あー、早く家に着かないかなあ。そしたら部屋にこもってゆっくりと読みたい。誰にも邪魔はされたくないし、させない!」
ニヤけながら独り言を言っている今の私を見た人々はこう思うことだろう。『気持ち悪い奴』だと。
しかし、そんなことは気にしない。どんなに奇異の目を向けられたとしても構わない。些末であり、些細な問題だ。いや、自分でも気持ち悪いとは思うけど。
「でも、華ちゃんがこんな貴重な物をくれるだなんて。もしかして華ちゃんって天使? 神様? 大御神?」
あながち冗談ではない。華ちゃんは昔から細かな気配りができて、その上優しい人間なのは知っている。まるで天女だ。けど、だからといって、まさかこんなにも貴重な物をくれるだなんて。驚天動地とはこのことだ。
「これ、一体幾らしたんだろう」
華ちゃんはネットのオークションで購入したと言っていたけど、この小説はプレミア付きだ。かなり高額だったんじゃないだろうか。
気にはなるけど、訊かない。当たり前だ。贈られたプレゼントの値段を尋ねるだなんて失礼極まりない。
だから、私は私で華ちゃんにお返しをするつもりだ。お小遣いは決して多くはもらっていない。だけど、せめて気持ちを込めた何かをお返しするつもりだ。
「うふふー。これで特別な宝物が『ふたつ』になったなあ。うん。大切にしよ」
やっと我が家に着いた私である。興奮気味に鍵でドアを開け、玄関に入った。そしてすぐさま通学用鞄の中から小説を取り出そうとした。
が、思わぬことが。
「え!? ない! ないないない! 鞄の中にないんだけど!」
いくら探しても出てこないのだ。あの伝説とも言われる小説が。
「……ああ! そうだ!!」
私の顔は一瞬にして青くなった。顔面蒼白。そして帰ってきたばかりだというのに私は再度、自転車に乗るために駐輪場へと向かった。爆速で。
「やってしまった……!!」
思い出したのだ。華ちゃんが私に小説を手渡してくれてからまもなくして先生が教室に行ってきたので机の中に仕舞い込んだことを。そして、朝からどうも体調が良くなくボーッとしていたせいもあり、鞄に入れずそのまま帰ってしまったのだ。
「値段を尋ねるのが失礼極まりないとか言いながら、人様から贈ってもらった物を忘れる方が失礼じゃん……」
自分を情けなく思うし、何よりも華ちゃんに対して申し訳がなさすぎる。それに、最悪の展開だってあり得るのだ。
「もし、あの小説の価値を知ってる人がいたら盗まれてしまう!」
特に今朝はあまりに興奮したせいで結構な大きさで声を出して小説の説明をしていた。もしも悪意ある第三者がそれを耳にして、そして私が学校に忘れてきたことに気付いていたら盗もうと考える人間だっていたっておかしくはない。
「と、とにかく急ごう」
駐輪場で自転車にまたがり、焦りと不安を感じながら私は勢いよくペダルを漕いだ。猛スピードで。
「はあ……はあ……あ、あれを……あれを誰かに盗まれたりしたら……華ちゃんになんて言って謝らなきゃいけないのか分からない」
盗まれるだなんて考えすぎではないかと思う人もいるだろう。しかし、人間なんて表裏一体だ。例えるなら、メダル。いつも表を向いていると思っていても、ちょっとひっくり返せば裏になる。善から悪へと。
「はあ……はあ……つ、疲れる……」
自転車を勢いよく漕いで漕いで漕ぎまくってたら、元々低い体力ゲージがどんどん削れていった。
そして、今はもう完全にゲージはゼロ。しかし、ペダルを漕ぐ足を止めるわけにはいかない。今はレアな小説のことは頭にない。あるのは華ちゃんへの罪悪感だ。だから漕ぐ。だから無理をす。当然のことだ。
「あ、危な――!!」
私はペダルから足を滑らせて、その際にハンドル操作を間違え、そのまま自転車ごと電柱に激突してしまった。
そのまま自転車ごと、固いコンクリートの上に派手に転がった。その際に頭をぶつけてしまい、一瞬、目の前がブラックアウトした。激しい痛みを感じながら、同時にコンクリートの冷たさが伝わってくる。
「痛い……」
意識はある。それからぶつけた頭――額を触って確認。良かった、血は出ていないみたいだ。
だけど、自転車のフレームが完全に曲がってしまっている。これでは使い物にならない。
「バチが当たったな……」
人の好意を無下にしてしまったのだ。そういうものは形は違えど、必ず自分に降りかかってくる。婆ちゃんも言っていた。『人の想いを一番に考えなさい』と。
倒れた私を通行人がちらちら見てくるが、誰一人として助けてくれようとしない。世間は結構冷たい。下手に関わって何かあれば面倒だからだ。
でも違った。皆んなが皆んな冷たいわけではなかった。
「おいお前、大丈夫か?」
私に声をかけてくれた人がいた。声で分かった。男子だ。私は一度、起き上がってその人の姿を見やった。
目に映ったのは、長髪で目付きの悪い、やけに顔立ちが整った男性だった。私が通っている学校の制服を見に纏っていた。
ウチの学校は男子はネクタイの色で学年を表している。ネクタイの色はモスグリーン。この色は、確か三年生だったはず。つまりは私の先輩にあたる人物だ。
「あ、ありがとうございます。大丈夫です、なんとか……」
この出逢いが私の――それとこの男性の運命を変えることになる。
偶然ではない。
これは必然だ。
【続く】