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新しいモノを手に入れたら、試したくなるもの。
レクレス王子は、グニーヴ城を出て、魔の森の偵察に出ると言い出した。
「前回の攻勢から見て、そろそろ魔物の湧きが始まっている頃合いだろう。通信機のテストも兼ねて、強行偵察する!」
「団長自ら行かずとも、斥候を出せばよろしいのでは?」
アルフレドは露骨に眉をひそめた。そうだよね、わざわざ王子様が出なくても、部下にやらせれば済むことだもの。
「アルフレド。これからはこの通信機は、青狼騎士団の戦いに大いに活用される」
レクレス王子はどこまでも真っ直ぐである。
「団長であるオレが命令を飛ばすことも多くなる。実戦の場で、運用してコツを掴んでおくのは必須だと考える」
確かに。実際に使われる状況で試してみるのって大事よね。頭で考えていたことが、いざやってみると上手くいかないこともあるし。
「それに、アンジェロはまだここの戦場を体験していないしな」
え、私? 突然名前を出されてビックリしてしまう。
「そういえばそうでしたね」
眼鏡の副団長は頷いた。
「ここの初陣を本格的な攻勢の時に迎えるのも大変ですからね。承知しました。アンジェロ、団長について、魔の森の空気を確かめてきてください」
「はい、わかりました!」
ここでは青狼騎士団の一員となっているわけだから、戦闘が始まれば、私も参加しなくてはならない。侯爵令嬢ではなく、冒険者、そして青狼騎士団の騎士としてここにいるのだから。
そんなわけで、私の魔の森デビューを兼ねた、偵察活動が行われることになった。
指揮官はレクレス王子。王子付きである私とツァルト、それと騎士5名が付き従う。
一度部屋に戻って、防具をつけて、剣と小型盾を装備。アイテム袋にもしもの時の魔道具など詰め込んで準備完了。
「実戦か……!」
緊張してきた。気合い入れるために軽く頬を叩く。冒険者として魔獣と戦った経験は少なからずあるけれど、騎士団の一員としての行動や実戦は初めてだ。
「足を引っ張らないように、頑張る!」
騎士たちは中庭に集合だが、私は王子付きだから、まずレクレス王子の部屋に行く。同じ王子付きのツァルトが、レクレス王子の装備装着を手伝っていた。
「アンジェロ、行けるか?」
「はい!」
「……緊張しているか? まだ肩の力は抜いていていいぞ」
レクレス王子は優しくそう告げた。私が、ここでは初陣だから緊張を解きほぐそうとしてくれているのだろう。新人にも気配りできる人っていいよね。
準備ができると、レクレス王子は部屋を出る。私とツァルトは、その後ろにつく。
中庭では、騎士たちがすでに集合していた。さすがに王子殿下をお待たせするのんびり屋はいないようだ。
「魔の森の調査に向かう」
レクレス王子は、簡潔に偵察分隊に参加する騎士たちに任務内容を伝えた。森に入り、ある程度、魔物の有無、いるならばその規模など推察できる材料を探す。
敵と遭遇した場合、単独や少数の場合は撃破。敵の数が多ければ、退却する。指示はレクレス王子が出すので、それに従って動くようにと達せられた。
「質問は……? ない? よろしい。では出発だ」
いざ、魔の森へ!
グニーヴ城より北へおよそ30分ほど歩くと、広大な魔の森にたどり着く。
城のほうが高地にあるので、実は城の見張り塔に登れば、紫色の葉をつけた不気味な色の森が見えたりする。
下り坂の先には、青狼騎士団の前哨陣地があって、常に15名ほどの小隊が監視の任務に就いていた。
砦みたいなものかと思っていたけれど、見張り用の櫓がある以外は岩を積み上げた塀が、森に対して平行に立っているだけの粗末なものだった。
陣地だものね。砦ではなかったわ。
塀の後ろには、監視についている騎士たちの休息用の天幕が立てられている。
「……これが陣地なのですか?」
「ああ。魔の森からの魔獣どのも攻勢があった際は、ここを防衛拠点にして戦う」
レクレス王子は答えた。
魔の森には、月に2回ほどのペースで、森の汚染魔獣や魔物による攻勢があるという。一度撃退すれば、2週間ほどは大人しくなるらしい。
「団長!」
今の陣地の防衛担当は2番隊で、クリストフ隊長がやってきた。レクレス王子は、さっそく板状の魔力式通信機を渡して、使い方をレクチャーする。
「これから偵察に森に入る。何かあれば知らせるから、備えておけ」
「承知しました。危ないと感じたら、すぐ呼んでくだせぇ」
「フッ、頼りにしているぞ」
レクレス王子とクリストフの話し合いが終わり、実演がてらグニーヴ城にいる副団長に連絡を入れる。
前哨陣地に着いて、これから森に入る旨を伝える。それが終わって、私たちは塀の向こう、数百メートル先に広がっている魔の森を目指した。
陣地を出る時、私は、あまり高さのない塀の手前に大きな溝が掘られているのに気がついた。
「ツァルト先輩、この溝は何です?」
「……魔獣対策だ」
あまり口数の多くない王子付きのツァルトは言った。
「塀が低いだろう? 穴を掘ることで高さを稼いでいるんだ。頭の悪い汚染ゴブリンどもが塀に迫っても、溝のせいで高さが2倍に感じられる」
「なるほど……」
汚染ゴブリンがどんな大きさかは知らないが、通常のゴブリンは子供サイズだから、あの高さは道具がなければ超えられないだろう。
「それに、あの溝があることで、汚染狼どもがジャンプで塀を越せないようになっている。溝の手前から踏み切れば塀に激突し、溝に入ってしまえばジャンプで超えるに必要な助走ができなくなる」
「考えられているんですね」
「ここの守りも長いからな。試行錯誤してきたのさ」
だが――とツァルトは心なしか眉間にしわを寄せた。
「浮遊しているフライヤーには、どちらにしろこの塀も溝も効果はないがね」
また出た。フライヤー。王子の口ぶりから、面倒そうな魔物のようだが、ツァルトも同じように考えているようだ。
魔の森の魔獣か……。ゴブリンや狼と聞いて、何となく想像はつくけど、汚染がつくと果たしてどうなるのか?
先日、城内に現れた汚染ネズミは、ネズミというには大きかったけれど……。