第7話:南風が届く場所
アンデスの裾野に広がる密林。
霧に煙るその山中、古代の祭祀場を思わせる円形の石台がひっそりと眠っていた。
今、その中心に立っていたのは――
ジャムツァ。
褐色の肌に深い碧の模様。
黒髪は編み込まれ、背には民族刺繍の入ったケープを羽織っている。
片手には、彼女だけが扱える“概念干渉装置”が装着されていた。
目は閉じられていた。
だが、彼女の周囲に揺れていたのは、風でも木のざわめきでもない。
**遠く、東の空から吹いた“ナヴィスの想い”**だった。
「届いたわね。風じゃない。これは――問いかけ」
ジャムツァはつぶやいた。
その声に応えるように、周囲の空気が震え、石台に彫られた古いフラクタルが青く浮かび上がる。
祭祀場の周囲には、カムリン族の碧族たちが集まっていた。
誰も言葉を発さない。
それでも皆の瞳が、ただ一人、ジャムツァの背を見つめていた。
「みんな。戦う理由は、命令じゃない。
でも、守る理由なら――私たちにもある」
ジャムツァは手を挙げ、コードを空に向かって放つ。
《FRACTAL = WIND_CALL(ORIGIN=EAST, TRANSLATE=EMOTION)`》
《MODE = ECHO_MEMORY》
《ENERGY_COST = 6DAYS》
蒼く広がったコードが空を渡る。
それは風のように、音のように、そして記憶のように周囲へと広がっていく。
ナヴィスの問いかけ。
「あなたはなぜ戦うのか?」
それが、今、ジャムツァの胸に根を張った。
すずかAIが、彼女の背後で声を落とす。
「ナヴィスによる感情共鳴波の影響を確認。
あなたの現在の思考構造は、反応型から選択型へ移行しつつあります。
決断の起点が、“他者”から“自分”に移行しました」
「なら、それでいい。私は、私として決める」
ジャムツァは静かに踵を返し、集まる仲間に背を向けないまま歩み出る。
その歩みはゆっくりで、誰に強制することもなかった。
けれどその背に、ひとつ、またひとつとフラクタルの光が重なっていく。
言葉はない。命令もない。
ただ、彼女の背中に「守りたい」という選択が集まっていく。
ジャムツァの胸元で、微かな震えと共にコードが構築される。
《FRACTAL = SHELTER_CODE(GROUP=WILLBOUND)`》
→ 発動条件:意志の共有
それは戦いのコードではない。
守るための盾。
すべての“選ばれなかった命”が、その中で立ち上がれるように。
ジャムツァはつぶやいた。
「力は、支配するためじゃない。
誰かを守れるなら、それだけで充分よ」
こうして、遥か南の地に――
命令にも記録にも属さない、“静かな戦線”が灯った。
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