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第8話:杭の記憶、街の傷
“杭”が落ちた都市――第十一廃市域。
そこは、かつて繁栄していた中心部のはずだった。
だが今は、地面から杭が突き出し、都市機能も、記憶も、すべてを止めていた。
黒く割れたアスファルト、焼け焦げたバス、
青白く発光するフラクタルの杭が、空に向かって無言で立っている。
その瓦礫の上を、二人の碧族が進んでいた。
一人は、ゲン。
黒いジャージと上から羽織った碧族制服。
表情は朗らかで、どこか飄々としているが、背中に背負ったフラクタル制御筒は本物だ。
左右の腕に分かれた《解除/再生コード帯》が、彼の“再構築の技”を示していた。
もう一人は、タカハシ。
真面目な顔に短く刈り込んだ髪、ダークグレーの戦術パーカーとベルトに綴じられた端末群。
彼は瓦礫の下をスキャンしながら、慎重に進んでいる。
「ゲン、二十メートル先。微弱な熱源あり。生存反応、2名」
「おっけー。やるか」
ゲンが手を前にかざし、指先で空間に円を書く。
《FRACTAL = DEBRIS_LIFT(AREA=3m, ALT=2m)》
→ 起動
瓦礫が青く光り、ふわりと宙へ持ち上がった。
その下に、かすかに身を寄せ合っていた二人の男女が現れる。
どちらも目が虚ろで、怯えたように肩を震わせていた。
「……怖い、ずっと……夢を見てるみたいで……」
女性が呟く。
目には意識があるのに、言葉の意味が不明瞭だった。
タカハシが端末を操作し、すずかAIに問う。
「この状態、どう見ますか」
「記憶干渉の可能性。
死の杭の影響範囲において、個人の“自己認識コード”が分断された事例と一致します。
対象者は“自分が誰か”という記録を、内部でループ処理しています」
「記憶の杭……」
ゲンは杭を見上げる。
その表面には、うっすらと“人の輪郭”のような模様が浮かび上がっていた。
まるで、誰かの記憶が杭に吸い込まれ、そこに残っているように。
「だったら、俺たちが“外”から名前を呼んでやんなきゃな」
ゲンはフラクタルコードを展開する。
《FRACTAL = MEMORY_ECHO(SYNC_TARGET, VOICE=GEN)》
《TRIGGER = NAME_CALL / STIMULUS_LEVEL=LOW》
《LIFE_COST = 4DAYS》
青い文字が空中を走り、彼の声が重なる。
「――ユミさん、聞こえる?」
女性の肩がわずかに震えた。
「……え……なまえ……ユミ……わたし……?」
すずかAIが囁くように言った。
「確認。対象の“記憶アクセス”再起動を確認。
杭の外部からの“名前”による干渉が有効です」
ゲンは、手を差し出した。
「帰ろう。あんたの記憶がなくても、“居場所”はまだある」
彼女がその手を取った瞬間――杭が、一瞬だけ光を弱めた。
まるで、誰かの記憶が“戻った”ことに反応したように。
その夜、ゲンとタカハシは何人もの“名もなき人々”を瓦礫から救い出した。
彼らが戻したのは、命ではなく――名前だった。
都市はまだ壊れている。
けれど、杭に吸われた“記憶”を少しずつ取り戻す作業が、始まっていた。