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次の日――。
出勤し、自席に座る。
部長席をチラッと見ると、朝霧部長はすでに出勤していた。
昨日、帰るの遅くなっちゃったけれど、大丈夫だったかな。私が 引き止めてしまったから。
あれから眠れなかった。
部長が帰ってしまって、一人になった時の気持ちについて考えた。
たぶん私は朝霧部長のことを――。
「おはようございます。和倉さん。アンケート終わった?」
昨日残業を押し付けてきた先輩に声をかけられた。
ありがとうも言わないで、提出できたかどうかだけを聞いてくるなんて。
やっぱり先輩として、同じ仕事をしている社員としてダメだと思う。
「終わりました。先輩、十名くらいって言っていましたけど、三十人分はありました」
私がサラっと伝えると
「ごめん。急いでいたから数え間違えたかも」
驚きもしないってことは、やっぱりわかっていてウソをついたんだ。
「入力は終わっています」
「ありがとう。助かった。今度またお礼を……」
「牛越さん、少し良いですか?」
私と先輩との間に割って入ってきたのは、朝霧部長だ。
「僕が出先から戻ってきた時、和倉さんが残業をしていました。あれは、牛越さんの仕事ですよね。事情は和倉さんから聞きましたが、提出期限までにかなり時間があったはずです。自分のスケジュール管理を徹底してください」
私と話す時とは違う。
朝霧部長は冷たく言い放った。
「はい。すみません」
先輩は相手が朝霧部長だからか、言い返すこともせず、頭を下げ、席へ戻って行く。
私も部長みたいに、ダメなことはダメって言えるようにならないと。
虐められても、陰口が続いてもいいから、すぐ折れる人間はやめたい。
<うわ、牛越さん、朝から部長に注意されてるよ>
<見つかっちゃったのは、運が悪かったよね。もっと上手にやらなきゃ。てか、和倉が告げ口したのかな。あいつ、朝霧部長と知り合いみたいだし>
そんな陰口が聞こえてきたけれど、気にしないようにしよう。
お昼休憩で、休憩室へ行こうとした時に
「ちょっと良い?」
牛越さんに話しかけられた。
「はい」
なんだろう。
アンケート結果はすでに送っているし、部長も確認済だ。私に何の用事?
お昼休憩だからほとんどの社員が部署から出て行き、フロアには他に数人しかいない。
「和倉さん、朝霧部長に報告したの?俺が残業押し付けたって」
そうか。朝霧部長に指導されたことに腹を立てているんだ。
これはなんて伝えればいいんだろう。
部長が手伝ってくれると言った時に、状況を説明したのは本当のことだから、告げ口になるの?
私が黙っていると
「人の残業を手伝うくらいしか貢献できないのに。これ以上、社員のネタにされたいの?」
勝手に決めつけられ、机をバンっと叩かれた。
ネタにされたいって、まさか、この間の葉山さんたちのゲームじみたこともみんな知っているの?
貢献できていないって、私は与えられた仕事はきちんと終わらせている。
そんなこと、自分の仕事が間に合っていない人に言われたくない。
すみませんと何度も謝れば、この人は納得する?ううん、違う。 謝る必要なんてない。
強くなるって決めたんだから。
「貢献できていないのは、先輩の方じゃないですか。無駄に私の残業代が発生しているんです。先輩がきちんと仕事を終わらせていれば、無駄な人件費だってかからなかったのに」
私が言い返すと、牛越先輩はポカンと口を開けた。
きっと私が謝ると思っていたんだろう。
しばらくすると私の言った言葉を理解したようで
「お前、先輩にそんな口を利いて、どうなるかわかってんだろうな」
軽く脅された。
先輩が距離を詰めてきた。
怖い、殴られるんじゃ。
昔の記憶からそんなことを想像してしまう。
だけど
「先輩、それ、パワハラですよ」
小声だけど、言い返すことができた。
「はぁ?お前、調子に……」
「その通りです。今の発言は、ハラスメントになります」
先輩のうしろを見ると、朝霧部長が立っていた。もしかして、今の聞かれていた?
いつから居たの?
気がつかなかった、途中から下を向いてしまっていたから。
「えっと……。今のは……」
牛越先輩は、言い訳を考えているようだが
「あとで面接の時間を取ります。時間はまた連絡をするんで」
朝霧部長は、容赦なく彼の言葉を遮る。
牛越先輩は小さく
「チッ」
舌打をしたあと、部署を出て行った。
どうしよう、動けない。
先輩の威圧的な態度に、身体が竦んでいる。
朝霧部長が来てくれて良かった。
「大丈夫ですか?顔色が悪いです。今の件は処理をしますので、お昼休憩を延ばしてもいいですよ」
いつもの部長だ。
「ありがとうございます」
私が休憩室に向かおうとすると
「スマホ、見てください」
他の社員に聞こえないような声量でそう伝えられた。
休憩室へ行き、部長の言っていた通り、スマホを見る。朝霧部長からメッセージが届いている。
<俺が注意をしたせいで、芽衣さんが八つ当たりをされてしまい、すみません。牛越さんに何かされたらすぐに言ってください>
違う。部長のせいじゃないのに。
あの人の人間性の問題だ。
<気にしないでください。部長のせいじゃありません。注意をしてくれて、ありがとうございます>
返信をする。
すると、すぐにピコンと返信が届き
<怖い思いをさせてすみません>
そんなメッセージが届いた。
えっと。どうしよう。
部長、自分を責めている気がする。
私は全然平気なのに。
怖くないのは、なんとも感じないのは、朝霧部長が居てくれるからなのに。
そうだ、それを素直に伝えよう。
<本当に大丈夫です。朝霧部長が居てくれるので、全然平気です。怖くないです>
休憩中、しばらく部長からの返信を待ったが、返事がこない。
忙しいから休憩中とはいえ、返事がほしいなんて思っちゃダメだよね。
終業時間になり、帰宅準備をしていた。
帰る前にスマホを確認すると、朝霧部長からメッセージが届いていた。
<今日、一緒に帰りませんか?送って行きます>
「えっ」
思わず声が出てしまったので、慌てて口を抑える。
昨日も一緒だったのに、今日もいいのかな。
部長の負担なのでは?
部長席にいる彼をチラッと見ると、目が合った。スマホ画面を見つめ
<部長の負担じゃないのなら。無理しないでください>
メッセージを送る。
<負担なんかじゃありません。駐車場近くまで来てください。俺もすぐ向かいます>
すぐに返信が届いた。
部長の方を見ながらコクっと頷くと、彼も頷いてくれた。