テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
駐車場近くまで歩いていると
「芽衣さん」
うしろから朝霧部長の声がした。
「お疲れ様です」
私が声をかけると
「お疲れ様です。急に誘ってすみません」
いつもの部長だ。
「とりあえず、車に乗りましょうか?」
社内恋愛禁止ではないが、まだたくさんの社員が近くにいる時間。
きっと二人で歩いているのを目撃されたら、噂になってしまう。
私の場合、悪い噂になってしまうから、部長にも迷惑をかけちゃう。
「はい」
部長の車に乗ると
「芽衣さん。大丈夫ですか?」
すぐに朝霧部長は私のことを気にかけてくれた。きっと、朝の牛越さんとの出来事を言っているんだろう。
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
こんなに誰かに心配をされるのははじめて。
「すみません。俺がもっと上手い対処ができれば良かったんですが」
部長は下を向いた。
「朝霧部長が居てくれて、心強かったです。だから、大丈夫ですよ」
部長がギュッと手を握っている。
悔しい、そんな風に力が入っている気がした。
私は、恐る恐る部長の手の上に自分の手のひらを重ねた。
「芽衣さん?」
私の行動に部長は驚いている。
それはそうだ。
ちょっと前の自分ならこんなことはしないし、できなかった。相手が朝霧部長だからできる。
「朝霧部長、近くに居てくれてありがとうございます」
しばらく沈黙が続き
「芽衣さん、少しだけハグしてもいいですか?」部長の言葉に、ドキッとする。
「はい」
拒否する理由がない。
返事をすると、朝霧部長は優しくギュッと抱きしめてくれた。
だけどそれは一瞬で
「もしも誰かに見られたら、芽衣さんに迷惑をかけてしまうので。あとにします」
部長は苦笑いを浮かべた。
車の中では今朝のことを謝ってくれたけれど、部長が悪いわけではないことを伝え、雑談をしていたらすぐ私のアパートに着いた。
もう着いちゃった。
帰宅ラッシュの時間なのに、車に乗っていた時間がとても短く感じる。
「送ってくれてありがとうございます。お疲れさまでした」
私がシートベルトを外しても部長は
「お疲れさまでした。芽衣さんと話せて良かった」
引き止める様子もないし、家に寄ってもいいですか?という提案もない。
私は何を期待しているんだろう。
友達になってくださいとはじめて言われた時は、結構強引な人だと思ったのに。
逆に今の方がおとなしい 。
部長は私のこと、やっぱり嫌いになっているのかも。
そうだよね、会社ではあんな姿ばかり見られているから。猫カフェにいる時の私ではないし。
朝霧部長がだんだん離れていくのではないかと考えると、寂しく感じた。それに苦しい。
やっぱり、私、朝霧部長のことを好きになってしまったんだ。
こんな気持ちはじめて。
「芽衣さん?どうしたんですか?」
車から降りない私を不自然に感じたのか、部長は私の顔を除き込んだ。
「えっ……。芽衣さん!?泣いている、どうしたんですか?やっぱり朝のことが……」
あれ、私、今泣いてる?
涙なんてしばらく流していなかったのに。
嫌なことをされても、我慢してきたのに。
「部長は私のこと、やっぱり嫌いになったんですか?」
この際だからしっかりと本人に聞いてみよう。
傷は浅い方が良いんだ、どんなことにしても。
だから恋愛なんてしたくなかったのに。
「変なこと言って、すみません。お疲れさまでした」
私が車から降りそうとすると
「待ってください!」
部長に手を引かれ、止められた。
「すみません、手、掴んでしまって。でも芽衣さん、どうしてそんなことを言うんですか?」
急に触れられるのが怖いって言ったことがあるから、部長はすぐにパッと手を離してくれた。
黙っている私に
「嫌いになんてなるわけないじゃないですか。どうしてそんなことを?嫌いだったら一緒に帰りたいなんて言いませんよ」
子どもに諭すように、ゆっくりとした口調で
「俺は今も芽衣さんのことが好きです」
今の私が心のどこかで望んでいたことをはっきり伝えてくれた。
今度は嬉し涙になって、バッと一気に溢れた。
「ごめんなさい。会社ではダメなところばかり部長に見せてしまって、不安になって。昔の部長と違って、今日はすんなり帰るから、嫌われたかと思いました。もう好きって言ってもらえないんじゃないかと思ったら、急に悲しくなって……」
流れてくる涙を拭うと
「芽衣さん。俺は逆です。焦りすぎて芽衣さんに迷惑かけてないか、芽衣さんの気持ちを考えずに自分の気持ちばかり伝えてきたから、ゆっくりと関係を作っていこうと思って。本当は、今日だってもっと芽衣さんと一緒に居たい。だけど、芽衣さんのペースに合わせなきゃと思って、自制したんです。それが結果として芽衣さんに不安を与えてしまって、すみません」
そう言ってハンカチを差し出してくれた。
「芽衣さんが良かったら、今日もご飯とか食べに行きませんか?アパートまで来てしまったけど、これから夕ご飯作るのも大変だから」
一緒に居たい。
だけど、こんな泣き腫らした顔で大丈夫かな。
「私、朝霧部長と一緒に居たいです。こんな顔じゃ恥ずかしい……」
クスっと部長は笑ってくれ
「嬉しいです。一緒に居たいって言ってくれて。じゃあ、良かったら俺の家に行きませんか?もちろん、変なことはしません。友達ですから。約束します」
部長の家?
一人暮らしだって言ってたよね。
部長のこともっと知りたい。
「行きたいです」
「わかりました」
車を走らせ、十五分くらいで部長の家に着いた。
思っていたより私のアパートと離れていない。
そうだよね、あの保護猫カフェに通うくらいだから、私のアパートと離れていないよね。
ていうか、このマンション。家賃、いくらなんだろう。私のアパートの倍以上はするよね、きっと。
高層マンション、オートロックや防犯カメラはもちろんだし、コンシェルジュと言われる人も在中しているみたい。
オドオドと部長のあとをついて行くと、エレベーターに乗りニ十階に止まった。
「ここです」
角の部屋に来ると、部長がスマホをドアノブ部分に翳し、ドアを開けた。
ええ、すごい。
エントランスもスマホを翳すだけだったし、自宅のドアも今はこんな設備があるんだ。
同じ会社なのに、住む世界が違うな。
「どうぞ」
部長のあとに続くと広い廊下が見えた。
「すごい!」
広くてキレイで、高級なホテルみたい。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!