テラーノベル
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ほどなくして、城付きの医師セイレン・トーカが部屋へ姿を見せた。
以前、オオカミに襲われたカイルの治療を担い、付きっきりで看病を続けるリリアンナに何度も休むよう諭していた、あの老医師である。
灰緑の瞳に深い皺を刻んだセイレンは、部屋へ入るなりランディリックへ一礼すると、寝台のそばへ歩み寄った。
「失礼いたします、お嬢様」
穏やかな声で告げ、まずは脈を診る。
続いて瞳の様子を確かめ、顔色や体温を確認していく。
一通り診察を終えると、セイレンは静かな口調で尋ねた。
「食欲はいかがですかな」
「以前ほどではありません。でも、果物なら食べられそうな気がします」
「匂いで気分が悪くなることは?」
「ええ。……特に、お肉やお茶の香りが少し……」
セイレンは小さく頷くと、少しだけ声を落とした。
「失礼ながら……お月のものは」
「え……?」
思いがけない問いに、リリアンナは目を丸くした。
「前回は、いつ頃でございましたかな」
そう問われ、記憶を辿る。
けれど、ここ最近はいろいろなことがありすぎて、はっきりとは思い出せない。
「そういえば……」
無意識に漏れたその一言に、セイレンは何かを確かめるように、静かに頷いた。
その様子を見守っていたブリジットも、そっと目を伏せる。
ナディエルもまた、期待と確信の狭間で揺れるような表情を浮かべていた。
リリアンナだけが、なにが起きようとしているのか分からず、皆の様子に首を傾げる。
セイレンは最後に腹部へ負担を掛けないよう慎重に診察を終えると、静かに立ち上がった。
「お嬢様。もうひとつだけ確認をさせていただいてもよろしいですかな?」
「はい……」
リリアンナが小首を傾げると、セイレンは穏やかな笑みを浮かべた。
「少量で構いません。お手洗いへ行かれましたら、こちらの小瓶へお小水をお納めいただきたいのです」
そう言って差し出されたのは、手のひらに収まるほどの小さな硝子瓶だった。
「……これに、ですか?」
リリアンナは思わず頬を染める。
診察の一環なのだと頭では分かっていても、自ら採ったものを人へ渡すなど、恥ずかしくないはずがない。
そんなリリアンナの様子を見て、セイレンは穏やかに微笑んだ。
「はい。念のためでございます」
理由までは告げられない。
リリアンナは小さく「……分かりました」と頷くと、ナディエルに付き添われて部屋をあとにした。
ほどなくして戻ってきたナディエルの手には、小さな硝子瓶が大切そうに捧げ持たれていた。
瓶全体に、清潔な白布がふんわりと掛けられている。
「お嬢様がお恥ずかしい思いをなさいませんように」
ナディエルはそう一言だけ添え、布を掛けたままセイレンへ差し出した。
「ありがとう、ナディ……」
リリアンナは耳まで赤くしながら、小さく礼を言う。
セイレンは何も言わず頷くと、布を静かにめくり、小瓶の中へ小さな水晶瓶から淡く透き通った液体を数滴垂らした。
それは、妊娠初期の女性だけが宿す微弱な生命魔力に反応するとされる、命芽草の花の蒸留液だった。
しばし静寂が流れる。
次の瞬間――。
淡い琥珀色を帯びた液体の中へ、金色の光が静かに溶け込んでいく。
水面に投じられた花弁のように、幾重もの光紋が静かに描かれては消え、やがて小瓶の底からあふれた光は、一輪の金色の花となって鮮やかに咲き誇った。
その幻想的な光景を目にしたブリジットが静かに息を呑み、ナディエルは胸の前でそっと両手を重ねた。
対照的に、リリアンナだけは何が起きたのか分からず、不安げに小瓶を見つめていた。
セイレンは金色の花を静かに見届けると、小瓶へ栓を戻し、深く頷く。
そしてランディリックへ向き直った。
「旦那様。少々よろしいでしょうか」
ランディリックは無言で頷き、セイレンとともに部屋の隅へ歩いていく。
二人は声を潜めて話しているため、リリアンナの耳には内容までは届かない。
ただ――。
深く一礼したセイレンの言葉を受けたその直後、ランディリックの瞳が、わずかに見開かれた。
それは、常日頃から沈着冷静な辺境伯が人前で見せるにはあまりにも珍しい反応だった。
#パイロット
朝永ゆうり
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臣桜
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コメント
2件
妊娠検査?の、なんか描写が素敵(灬ºωº灬)♡︎
読み終えたよ〜!🌸✨ このエピソード、リリアンナの体調の変化が静かに描かれてて、すごく印象的だった!医者セイレンが「お月のもの」のことを聞いたあたりから、なんとなく読者の予感が動き始める感じがたまらないよね…! 最後の黄金の花が咲くシーン、めっちゃ幻想的で美しかった😭💕 リリアンナだけがまだ気づいてないのが切なくて、でもランディリックのあの珍しい表情!お父様も何か悟ったっぽいし…今後の展開が気になりすぎるよ〜!!⋆⸜💕⸝⋆