テラーノベル
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こんどは、僕が書く
彼は、書き慣れていない手つきで、
ペンを持っていた。
会社の掲示板の前。
誰も見ていない時間帯。
あの問いは、もう使われていない。
使えないことになっている。
だから、
同じ言葉は、使わなかった。
迎えに来ると言われた日。
何も言わなかった自分。
黙ることを覚えた自分。
それらを、
問いに変えるには、
少し時間がかかった。
彼は、一度書いて、消し、
もう一度書いた。
責めないこと。
答えを限定しないこと。
紙を貼り終えたとき、
彼は初めて、
自分が「読む側」ではなくなったことに気づく。
問いは、
返事をもらうために書くものではない。
次に黙らないために、
置いておくものだ。
意味を少し、ズラす
数日後、
その紙は、別の言葉に変わっていた。
同じ場所。
同じ大きさ。
けれど、
書いてあることは、少し違う。
あのとき、
何を約束したか、
覚えていますか。
守ったか、ではない。
守れたか、でもない。
覚えているかどうか。
それだけ。
通り過ぎる人の多くは、
やはり読まない。
でも、
読む人の顔は、
前よりも長く、そこに留まる。
問いは、成長する。
人を裁く形から、
記憶に触れる形へ。
最初の問いは、
もう戻らない。
けれど、
問いを置こうとする人がいる限り、
言葉は、形を変えて現れる。
約束は、
破られた瞬間よりも、
忘れられたときに、いちばん静かに傷つく。
だから誰かが、
また別の言葉で、
問いを書く。
誰にも頼まれずに。
(完)
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