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翌日、担当の仕事を手早く終わらせたユーリは、ティララに相談しに行った。
冒険者ギルドの受付は、いつも通りにぎわっている。ティララの手があいたときを見計らい、ユーリは話しかけた。
「……というわけで、冒険者に採集依頼を出したいんだ」
ユーリの説明にティララはうなずいた。
「なるほどね。そういうことであれば、個人枠で依頼を出すといいわよ」
「了解。手数料も正規のものを払うから」
「そこまでしなくていいんじゃない?」
「いいえ。悪い前例を作るわけにはいかないもの。ギルド職員であっても、依頼を出すときは正規ルートで」
「はいはい。真面目よねえ。でも、そこがユーリのいいところよね」
ティララはちょっと苦笑しながら、小さな紙切れを取り出した。あまり質の良くないパピルス紙である。
「じゃあこれに欲しい素材と、量と、期限を書いて」
「うん。……ところで、私も北の森に行くのは無理かしら。冒険者についていく形で」
ダメ元の気持ちで、ユーリは言ってみた。
「また無茶を言いだしたわね……」
ティララが苦笑の表情をはっきりと苦いものにした。
「やめておきなさい。北の魔の森は、浅いところでも思わぬ危険があるから。ユーリは戦うのはできないんでしょ?」
「うん、剣も魔法もからっきし。ナナにも同じことを言われたわ」
「当たり前よ。素人を護衛しながら採集だなんて、よほど腕のいい冒険者じゃなければ無理だもの」
「そっか……」
ユーリはがっかりした。図鑑でしか見ていない魔物たちと、ターメリックによく似ている黄色マンドラゴラの生きている姿を実際に見たい気持ちは強い。けれどこんなに周囲に心配をかけてまで、押し通すものではないだろう。
ため息を一つついて、大人しく紙に必要事項を書き始める。
と。
「護衛と採集だって? そういう難易度の高いクエストを、しっかりこなせる冒険者。ここにいるけれど?」
すぐ横で若い男性の声がした。いつの間に近づいていたのだろう、ユーリは全く気づかなかった。
ユーリの横で紙をのぞき込むようにして、一人の男性が微笑んでいる。銀の髪にムーンストーンのような瞳をした、涼やかな顔立ちの人だった。
銀の髪の彼を見て、ティララが声を上げた。
「ユリウス! この町に戻ってたのね。ずいぶん久しぶりじゃない」
「やあ、ティララ。相変わらず美しい。きみの旦那さんは幸せものだ、美人で働き者のきみを妻にしたのだから」
ユリウスと呼ばれた青年は爽やかな笑みを浮かべた。
キザったらしいセリフを滑らかに吐いて、あまり嫌味になっていない。この手のセリフに不慣れなユーリは、素直に感心してしまった。
(ああいう言葉、よくさらっと言えるものだわ)
「それで、こちらのお嬢さんが護衛を希望している、と」
ユリウスはユーリに向き直った。正面から見ると端正な顔立ちをした青年だった。年の頃は二十代半ばくらいだろうか。革の軽鎧と手甲、ブーツといった装いだ。
瞳の色も髪の色も違うが、ユーリはどこかアウレリウスを思い起こした。体格や雰囲気が何となく似ていると思ったのだ。
ユーリが『お嬢さん』を修正すべきか迷っていると、ユリウスは書きかけの依頼票をひょいと取り上げた。
「なになに。黄色マンドラゴラの採集か。いいと思うよ、黄色マンドラゴラがよく生えている場所は、魔の森の中でも危険が少ない。僕とあと二、三人の護衛がいれば、特に問題なくこなせるだろう」
「それは、ありがたいです。でも……」
ユーリはティララを見た。腕の良い冒険者の護衛料金は、いかほどだろうか。
冒険者ギルドのお給料は、可もなく不可もなくといった額だ。あまり高額であれば支払えない。
ユリウスが笑顔で答えた。
「料金の心配かな? 僕であれば、一日につき銀貨六枚。もう一ランク下の冒険者なら、一日四枚だね」
「うっ……」
採集するためには少なくとも数日が必要だろう。ユリウスとパーティメンバー三人で一日十八枚の銀貨。
銀貨一枚は、日本円に換算してざっくり一万円~二万円程度。銀貨十八枚は二十万円から三十万円の感覚になる。それを何日分ともなれば、完全に予算オーバーだった。
ユーリはそっと頭を下げる。
「ごめんなさい、予算が足りないです」
「ん、そっか。じゃあ仕方ないね。普通の採集依頼ならもっと安いから、そちらを頼むといい」
ユリウスがそう言ったとき、冒険者ギルドの扉が開いてファルトが入ってきた。
ファルトはきょろきょろと部屋を見渡して、ユーリを見つけると駆け寄ってくる。
「ユーリ、ここにいたのか。今日はカレー作りやらないの?」
「やるよ。もう少し後から始めて、夕方に終わるようにしましょう」
ユーリが答えていると、横からユリウスが口を出した。
「カレーとは何だい? 聞いたことがないけど」
「魔物の肉をおいしく食べる料理だぜ! スパイスをいっぱいいれて煮込むんだ」
ファルトが得意そうに答える。ユリウスは目を丸くした。
「あの臭くて食べられたものじゃない魔物の肉を? おいしく? 嘘だろう」
「嘘じゃないよ。嘘だと思うなら、ユーリのカレーを食べてみればいい」
「こら、ファルト。勝手に決めないで」
ユーリが注意するが、ユリウスは首を振った。
「いいんだ。僕もそのカレーとやら、興味が出てきたよ。味見させてもらうのは、できるかな?」
「構わないけど、まだ試作ですよ。そんなに期待しないでくださいね」
「うん、それでもいいよ」
「じゃあ、夕方に冒険者ギルドの倉庫の方へ来てください。そこで作っていますので」
「了解! ……あ、そうそう、お嬢さん。そんなに固い口調で喋らなくていいからね。僕のことは気軽にユリウスと呼んでくれ。可愛らしいお嬢さんは、自然体のほうが似合う」
「はあ」
ユリウスは勘違いしているが、ユーリのほうがおそらく年上である。しかしユーリは自分から実年齢を言って歩くのも何だと思ったので、黙っておいた。隣ではティララが笑いをかみ殺している。
「それじゃあ、また後で来るよ」
ユリウスはそう言って、さっそうとした足取りで冒険者ギルドを出ていった。
夕方、ユーリとファルトは昨日と同じように七輪を出して、カレーの鍋を煮込んでいた。ナナも手伝いに来てくれている。
周囲にはけっこうな人数の人々が集まっている。カレーの噂と香りを引かれてやってきた人々だ。冒険者ギルドの職員の他に、冒険者たちや行商人などもいる。
「思ったよりたくさん、人が来ているわね。カレー、足りるかしら」
ユーリが困ったように首をかしげると、ファルトが言った。
「昨日より多めに作ったから、だいじょうぶだろ。ていうか、こいつらに全部タダで食べさせてやる気? もったいない」
「いいのよ。こうしてカレーを評判にしてもらえば、完成して売り出すときに必ず役に立つから。試作品が完成に近づいたら、もっと人を集めてもいいくらいね」
口コミを期待してのことである。テレビもネットもない世界なので、情報といえば口コミ一択なのだ。
風変わりで初めて食べる料理、しかもマズイと定評のある魔物肉の料理だ。事前に良い風評を流しておかないと、いざ売る段階になっても人が集まらないだろう。
試食に使うスパイスくらいなら、ユーリのお給料でまかなえる。広告費用と思えば安いものである。
ユーリの手元を見ていた見物人が言う。
「そんなにたくさんスパイスを混ぜるのか。味がごちゃごちゃにならないか?」
「いっぱい混ぜるから豊かな味になるんですよ」
「それが魔物の肉かい。見た目は案外普通だな」
「工夫次第で味も普通に、いえ、普通よりおいしくなりますからね」
「ふうん。本当かねえ」
「もちろんですとも。料理や下ごしらえ以外でも、お肉の味は、トドメの刺し方やその直後の処理でも変わってくるはず。血抜きの方法もいろいろあるしね。もし魔物肉の販売が軌道に乗ったら、納品する冒険者にその辺りの指導をした方がいいわね」
など、ユーリとファルトは周囲の人々と話をしながら料理を進めた。
コメント
1件
おお、ユリウスかっこよすぎでしょ…! 銀髪にムーンストーンみたいな瞳って、もうビジュアル最強じゃん。でも予算オーバーで依頼断念するところ、ユーリの堅実さが伝わってきて好感持てたな。カレーの試食会、口コミ狙いの戦略も地味に頭いいし、あのキザなユリウスが「味見させて」って食いつく流れ、続きがすごく気になる…!