食事を頂いた後、レモンドとの話には、支配人のウレインが別の一室を貸してくれた。
「――という言い伝え。伝承ですなぁ。魔力や魔法に関する知識が、そこでぷっつりと切れてしまいまして、苦労しとります。魔族が現れたのは、ちょうどその頃からのようで」
人が犯した過ちは、同じように伝わっているようだった。
「ただ、今のように魔族と争うようになったのは、それから随分後の事で。何でも、死んだ大地に魔族が住み着いた事で、土地が生き返ってきてからだということです」
その話は、私は知らない。
ファル爺からは、女神によってこの地に魔族が遣わされたという大昔のことと、人間とは戦争中であるという今現在の話しか教わらなかった。
必死で勉強している時は、その間の話が抜け落ちていても気にならなかった。
――疑問に思う余裕なんてなくて、新しいことを詰め込まれることに手一杯だったから。
「元の肥よくな土地に戻りつつあり、緑豊かな姿を見てしまったんでしょうなぁ。元は人間の土地だったのだと息巻いて、魔族の住まう土地に急襲をかけたのです。三百年ほど前の事らしいですなぁ」
レモンドは、私の反応を見ながら話してくれている。
さっき、「その話は知らないです」と言ったからだ。
私はただ頷いて、話を促した。
「まず、国境付近……といっても、明確な線引きなどありませんで、死んだ土地をぐるりと囲むような大まかなもの、でしたが。その付近にあった村を、一斉に焼いたようです。むごいことです……」
レモンドは、本当に辛そうに、眉間にしわを寄せてかぶりを振った。
「戦争というのは、まったく……残酷なもんで。詳細は伏せますが、かなりあくどいやり口だったようです。そんでもって、その勢いのまま魔族の町まで、雪崩れ込んだらしいんですが」
手酷い反撃にあった。
そこで壊滅状態で敗走したのが、最初の戦争だという。
その後は、数年に一回、十年に一回、十数年に一回……と、徐々に間隔を開きながらも、人間は諦めなかったらしい。
――狙った獲物への執着は、クマのようにしつこくて強いのね。
「ただ、三十年よりも少し前になりますか。魔族側から初めて攻め込まれまして。その時は王都が壊滅するやもという、恐ろしい状況になったといいます」
魔族はそれまで、攻められる一方で反撃しなかったらしい。
それは余裕からしなかったのか、余裕がなくて出来なかったのかは分からない。
歴史学者も、まさか魔族領に出向く勇気はなかったのだろう。
「その危機的状況を救われたのが、女神様と、そのお導きによる転生者の面々で」
そこでレモンドは、気恥ずかしそうに、頬をぽりぽりと指で掻いた。
「あっしらも転生者ですが、戦って世界を救うなんて出来ませんで。ほんの一握りの、戦闘に特化したもんだけです」
「その時に、まお――コホン。魔王を倒したと?」
あやうく、魔王さまと言ってしまうところだった。
隣で静かに聞いていたシェナが、ピクリと反応していた。私の口元を押さえようとしてくれたのだろう。私はお礼の代わりに微笑んだ。
「そうです。そのあたりはよく、物語になっておりますからなぁ、ご存知でしたか。女神様のお力を受けた宝玉をもって、勇者達が封じた勧善懲悪のお話ですが。ただ、実際は少し、毛色の違うもんのようで」
「と、いうと?」
「実は、魔王は攻め込んできたものの、街の人はほとんど殺さず、あげくに和平を持ちかけてきたのだと、学者のやつぁ言うんですよ。国の言う話とは、まったく真逆のもんです。ですが……絶対に他言しないという話で、街の人に聞くと……その通りだと」
緘口令(かんこうれい)を敷(し)いたとしても、街の人は皆知っていることなのに?
「これは我々、転生者の耳に入らぬための緘口令。というわけです。その当時の勇者は、口封じに毒殺されたとも言われています」
「……その時は、その勇者しか戦える転生者はいなかった?」
「ええ。我々転生者が増えはじめたのは、その後の事のようですなぁ」
だとすると、あの優しそうな王様が?
「今の国王がしたんですか?」
「ああ、いいえいいえ! 代替わりしとります。前王になります。その時の事が原因で、王城内では揉めたようでして。現王が討ったというのが真実らしいですが、前王は病死という事になっとります」
「随分と、きな臭い話ですね」
「えぇ、我々には縁遠い話ですがねぇ。どの世界も、政界はドロドロとしとりますなぁと、嫌気が差したもんです。その話も尾を引いておりまして。第一王子と第二王子が、ちょうど前王と現王の再現。ちゅうような話が聞こえとりますが。実際、仲はとんでもなく険悪ですなぁ」
どうりで、第一王子からは命を狙われるわけね。
ということなら、第二王子殿下も、私を王宮になんて招かないでほしかった。
余計な敵を作ったじゃないのよ。本当なら関わらなくて済んだものを……。
「私、その政治争いに巻き込まれました。今は王宮から出ていますけど」
――腹立たしくて、つい本音を言ってしまったけれど……ここならいいわよね。