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第119話 「ありがとう、福間監督」
数日後。
職員室。
福間監督は校長室を訪れていた。
「長い間、本当にありがとうございました。」
校長は深く頭を下げる。
福間監督は静かに答える。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
そして。
正式に監督退任の手続きが進められた。
放課後。
野球部の部室。
三年生から一年生まで、全部員が集められた。
福間監督が前に立つ。
「今日で、私の監督としての仕事は終わります。」
部員たちは黙って聞いていた。
「長かったような。」
「短かったような。」
福間監督が少し笑う。
「でも、一つだけ確かなことがあります。」
「私は柳城高校で、たくさんの選手に出会うことができました。」
「勝った試合もありました。」
「負けた試合もありました。」
「悔しい思いをしたことも、何度もあります。」
「でも。」
「全部、大切な時間でした。」
福間監督は一年生を見る。
「一年生。」
「これからは、君たちが後輩を引っ張り 三年生を支えて下さい」
二年生を見る。
「二年生。」
「来年は君たちがチームを引っ張る番です。」
そして。
三年生を見る。
「三年生。」
「本当にありがとう。」
三年生の何人かが涙をこらえる。
「君たちは、私の最後の夏を甲子園まで連れて行ってくれました。」
「準決勝で負けました。」
「でも。」
「私は胸を張っています。」
主将・中村が立ち上がった。
「監督。」
福間監督を見る。
「三年間、本当にありがとうございました。」
「ありがとうございました!」
全部員が一斉に頭を下げる。
福間監督も深く頭を下げた。
その日の夕方。
福間監督は、一人でグラウンドへ出た。
誰もいない。
静かなグラウンド。
福間監督はマウンドへ歩いていく。
土を手で触る。
そして。
ゆっくり周囲を見渡した。
そこへ啓介がやって来る。
「先生。」
福間監督が振り返る。
「啓介。」
二人は並んでグラウンドを眺める。
「明日から。」
福間監督が言う。
「私は普通の教師に戻ります。」
啓介は笑う。
「普通の教師って言っても、僕たちからしたら普通じゃないですけどね。」
福間監督も笑った。
しばらく二人は黙っていた。
やがて。
福間監督が啓介へ向き直る。
「明日からは、君が監督です。」
「はい。」
「分からないことがあったら、いつでも聞いてください。」
啓介は少し驚く。
「監督を辞めても?」
「もちろん。」
「ただし。」
福間監督は笑う。
「最後に決めるのは、君です。」
啓介はその言葉をしっかり受け止める。
「分かりました。」
「自分で考えて、自分の柳城を作ります。」
福間監督は頷いた。
二人はグラウンド中央へ歩いていく。
そして。
柳城高校のグラウンドへ向かって。
二人で深く一礼した。
福間監督にとって。
これが監督として最後の一日だった。
翌朝。
新しい朝。
啓介は職員室へ向かう。
机の上には。
「野球部監督 小早川啓介」
と書かれた書類が置かれていた。
啓介はその紙を見つめる。
そして。
静かに息を吐いた。
今日から。
自分が柳城高校野球部を率いる。
その重さを感じながら。
啓介はグラウンドへ向かった。
第117話 終
パンチングマシーンニキ
103
shima7a
139
#前世
shima7a
597
33
コメント
1件
第117話、読み終えました。福間監督の退任……本当にじんわり来ましたね。特に、誰もいないグラウンドで一人マウンドの土を触るシーンが印象的で、長年の思いが静かに詰まっているように感じました。そして啓介との最後の並ぶ姿。「最後に決めるのは君」という言葉に、信頼と託す覚悟が滲んでいて、胸が熱くなりました。新しい朝の書類「小早川啓介」の一文で、物語が確かに次の章へ進んだんだなと。素敵なエピソードをありがとうございます。