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(どんどん自分じゃなくなっていく気がしてた……)
女として見てもらえないなら”女”になろうと、雅人以外の彼氏を作った。
すると気が付いたのだ。雅人でなければ、こんな自分にでも隠すことなく肉欲をぶつけてくる男がいることに。
気が付いてしまったのだ。
見渡せばいくらでも優奈を子供ではなく、いい女だと褒めてくれる男がいることに。
開く距離。
逃げることに慣れてしまった優奈に追い打ちをかけたうまくいかなかった就活。
どこにも羽ばたけない自分と、どこにでも羽ばたいて行く彼と。
だから逃げ続けた。
けれど、自分の気持ちから逃げれば逃げるほどに。
「……私が消えてくみたいだった、まーくんを好きじゃないって思い込む私って、それってもう違うんだもん」
どんどん深みに嵌まっていく。ひとりでは這い上がる気力さえ持てないほどに真っ暗で。
会いたい人に、会えない自分になっていく。
「……優奈、ごめん、それは」
「待ってお願い! ねえ、すぐにダメって言わないで、もうちょっとチャンスちょうだい、まーくんお願い」
張り詰めていた糸が切れてしまったように、優奈は涙を流して訴える。戸惑う雅人の様子が、決して触れてこなくなり彷徨いだした彼の手の動きに現れている。
それなのに。嘘だよと言ってあげられない自分勝手な片想い。
二人の間に流れる重苦しい空気。それを切り裂くようにドスドスと勢いよく階段を上る勇ましい足音が響いた。
「ちょっと! 痴話喧嘩ならよそでやってくれるかい!?」
割り込んできた存在に対し、雅人がホッとしたように胸を撫で下ろした様子を優奈は横目で見た。しかし、傷つく暇もなく。
「っとと。なんだ、瀬戸さんか」
「……あ、さ、騒いでごめんなさい」
「いやいや、いーのよぉ。この時間にあんたがいるはずないのにさぁ、誰かと思って! そうそう携帯、電話してたんだけど出ないから直接手紙をね入れに来たのよ、謝りたいのとお願いでさ」
優奈の声を止めたのは、このアパートの大家である初老の女性だった。言葉はキツく声も大きいが、旅行のお土産などをいつも持ってきてくれる気さくな人だ。
「どうしたんですか?」
優奈は急いでパーカーの袖で涙を拭き取って大家の女性を見た。
「三階が水道管の劣化で水浸しなんだよ。もううちも古いし、瀬戸さんの部屋も漏れてきてないかい?」
え! と、驚き優奈が急いで鍵を開け中を覗き込む。玄関を入ってすぐのトイレと風呂場。
そして玄関も、まるで雨が降り込んだかのようにしっとりと濡れてしまっている。