テラーノベル
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法雨が、雷の初恋報告を受けてから一週間ほどが経過した、その日もまた――、京は、“伝達役”としての任をこなしていた。
しかし、そんな京が助手を務める探偵殿はと云えば、その一週間の間も、法雨の前に現れる事はなかった。
「――雷さん……。――こないだ、開いてないドアに衝突してたっす……」
「それは、かなり重症ね……」
「はい……」
そして、その探偵殿――雷の様子を報告する助手の面持ちは、やはり明るくはなかった。
― Drop.016『 JUSTICE:U〈Ⅰ〉』―
「――しばらく、お店にもいらしてないし……。――相当お悩みなのね……」
(――以前は、二、三日に一度はいらしてたのに……。――京から初恋の話を聞いてからは、ぱったりいらっしゃらなくなって……)
「――そうなんすよ。――なんか、マジで深刻な感じかもしれないっす……。――俺も流石に心配になってきたんで、今日、“気晴らしに姐さんトコ行きませんか”って誘ったんすけど……。――コレだけ持たされて、自分はいいって、また仕事しだしちゃって……」
その晩も変わらず、カウンター端の席で酒を楽しむ京は、“コレ”と言うと共に、その日、雷に持たされたらしい――菓子折りが入った紙袋を持ち上げた。
それを丁寧に受け取って袋を覗けば、そこには季節ものの和菓子が上品に佇んでおり、偶然にも法雨のお気に入りの品だったのだが――、状況が状況なだけに、法雨は、手放しでは喜べなかった。
「――ううん……」
そんな法雨が、和菓子を見つめながら案じる様に唸ると、京は零した。
「――ほんと……、誰なんすかね~……。――あの雷さんを、あんな風に骨抜きにしちゃうくらいの“魔性の人”って……」
「――さぁねぇ……。――でも、あの雷さんを惚れさせるほどの魔性であるとしたら、――本物の悪魔なのかもしれないわね」
京はそれに、思い出す様な素振りで言う。
「――魔性の悪魔か~……。――って事は、アレっすかね。――えっと、名前は忘れましたけど……、――あの、エロい事してくる悪魔……」
「――淫魔ね。――インキュバスか、サキュバスか、――そのどちらかは、分からないけど」
「そうそう! ――それっす、それっす」
京は、身を乗り出しつつそう言うと、次いで、頬杖をつき、羨ましげに続けた。
「――でも、そうだとしたら、――雷さんが羨ましい~……。――エロい悪魔にだったら、俺も骨抜きにされてみたいっすよ~……」
恐らくは、大変都合の良い想像をしているのであろう京に、悪戯っぽい表情で、法雨は言った。
「“骨抜き”ねぇ……。――でも、雷さんじゃなく、アンタの場合は、――骨を抜かれた上で、“後ろから”頂かれちゃうかもしれないわよ?」
すると、京は青ざめながら言った。
「えぇっ……、――な、なんで俺は“ソッチ”になっちゃうんすか……。――俺の“純潔”は一生もんがいいっす……」
そんな京に、しばし悪戯心を刺激され、法雨は目を細めて笑む。
「ア~ラ。――じゃあ、頑張らないとねぇ? ――アンタみたいな“坊や”は、“頂かれる側”になっちゃう可能性も大いにありそうだ、か、ら」
「えぇ!? なんでっすか!?」
「だって、アンタみたいなコって……。――アタシから見たら、“頂く側のオス”に、かなり好かれそうだもの」
「えぇえ~……、そんなぁ~……。――俺は、どっち相手でも“頂く側”がいいっす~……」
嘆く京を、法雨は楽しげに笑う。
「そういうコト言ってる坊やこそ、――より一層、食べたくなるものなのよ。――オスってのは」
しばしの間こそ、諸事情により“頂かれてやっていた”法雨だが――、その諸事情さえなければ、法雨は専ら、年下や愛嬌のあるタイプ、その他スレンダーなイケメンは“食べたい派”なのだ。
そんな法雨は、未だ駄々をこねる京を見やり、ふと思う。
(――ううん……。――でも、前は“ありえない”とは思ったけど……。――そう考えてみると、“ありえなくもない”のかしら……。――雷さんって、面倒見が良い上で聡明な方だから、――もしかすると、ちょっとおバカな子の方が、むしろ可愛く見えるって事も……)
と、すれば――。
(――あえて、京に隠した事もあるし……、――もしかして、雷さん。――本当に、京の事を……)
あの――誠実で真面目な雷の事だ。
(自分が窮地から救い、今は、助手として時間を共にしている“護るべき存在”――。そんな、弟の様に大切に想っている京に対しても、雷さんはきっと、“そんな彼に恋をするなんて”って思うかもしれない……。――しかも……)
先ほど、法雨に対しても京は、“頂く側でありたい”と駄々をこねたくらいだ。
(――もしかしたら、恋人ができないって話も、雷さんに聞いてもらってたかもしれないし。――ともなれば、きっと、“食べる側”でありたいっていう気持ちも、流れで聞いてるかもしれないし……)
そうであれば、恐らく“頂く側”であろう雷は、その立場に加え、京の気持ちをも踏まえてしまっては、告白すらできるはずもない。
(――雷さんの事をこれだけ尊敬してる京相手だし、本来なら、話は早そうだけど……。――純潔を死守したい気持ちを優先してくれる雷さんだからこそ、難しくなってしまってるわねぇ。――………………ところで)
もし、そうであるならば――、と法雨は、新たな懸念を胸に抱く。
(――もし、本当に雷さんが京に恋をしているのだとしたら、――京が一人でアタシの店に毎晩来てる事は、雷さんにとって寂しい事なんじゃないかしら……)
叶わぬ恋とは云え――、恋をしている相手が、自分とは別の――恋愛関係に発展する可能性のある男に懐いているとなれば、――それは嬉しい事ではないだろうし、人によっては嫉妬心を抱いたり、悲しい気持ちにもなるだろう。
(――そうだとしたら、アタシの事も、今は考えたくないかもしれないわね)
法雨は、そのような懸念から、改めて京に問う。
「――ねぇ、京。――アナタ、雷さんと一緒に居る時、――アタシの話もしてたりするの?」
「――へ? ――あぁ、はい。――そうっすね。――今日みたいに、飲みに誘う時はもちろんすけど、――仕事の合間とか休憩中も、姐さんと話した事をよく話すんで……、――そういう意味では、姐さんの話も結構してますよ」
「そう……」
法雨は、その京の言葉に、いよいよと申し訳ない気持ちになった。
(――好きな人の口から、別の男の話を頻繁にされるなんて……、――流石の雷さんでも、きっと辛いはず……。――しかも、その男と一緒に居た時に話した事も楽しそうに話されるなんて……、――苦痛よ……)
「――なら、京。――その、――もしそうだとしたら、今後しばらくは、アタシの名前を出したり、アタシの話をするのは、控えてあげた方がいいかもしれないわ」
「――え? ――どうしてっすか?」
当然ながら、京はそれに、不思議そうにした。
無論、法雨はその真意を明かしていないのだから、当然の事ではある。
「――えっと……、――それは……」
だが、その意を明かす事は、雷のためにも、できる事ではない。
(――ここは、嘘でも、なんとか納得させられそうな理由を作るしかないわね……)
「――ほ、ほら……。――ここは、色んなお客様がいらっしゃるから……、恋人同士のお客様も多いじゃない? ――だから、アタシとか、お店での話を聞く事で、ここで見かけた恋人たちの事を思い出して、お辛くなったりもしてるかもしれないでしょ? ――なんといっても、雷さんの恋は、実るのが難しい恋なんですもの。――そう考えれば、――アタシが言いたい事、分かるわよね?」
法雨は、それに対し“確かに、そうっすね”――と、素直に応じる京の言葉を期待した――のだが、京はそれに、何故か難色を示した。
「――えぇ~……? ――それは無理っすよ~……」
「どうしてよ」
法雨が、眉間に皺を寄せると、京は続ける。
「だって~……、――例え俺が、姐さんや店の話を出さないようにしても、――雷さんが尋いてきますもん……」
「――……え?」
法雨は、その意外な言葉に、先ほどとは別の心から眉間に皺を作った。
そんな法雨に、京は言う。
「――コレ、姐さんには話してなかったっすけど。――そりゃあ、もちろん、俺から姐さんの話をする事は多いっすよ? ――でも、それと同じくらい、――雷さんから、姐さんの事を尋かれるんすよ」
「“雷さんから”? ――ち、因みに、どんな事を尋かれるの?」
しばし困惑しながらも、法雨が問うと、京は思い出す様にして答える。
「ん~……、例えば~……、――元気にしてるか~、体調が悪そうだったりはしないか~、とか~、――変な輩に絡まれたりはしてないか~、とか~、――あと~、何か困ってそうなら教えてくれ~とか~……、――っすかねぇ」
「――あぁ、なんだ。――そういう事……」
しばし動揺した法雨だったが、京の言葉を聞き終えると、安堵と共に脱力する。
(――じゃあ、雷さんは、未だにアタシを“被害者”として心配してくれていて、――それで、自分も大変な中なのに、アタシの事も考えて、色々尋いてくれてるってわけね……)
恐らくは、雷の心の中では今も、“あの日”の事が印象に強く、だからこそ、法雨がまた“あのような事”に巻き込まれていないか、案じ続けてくれている、という事なのだろう。
(――ご心配をかけ続けている事は申し訳ないけれど……、でも、――アタシに嫉妬してるとか、アタシが京の事で苦しめるような事をしてしまってる、というわけでないなら、――それは、良かったわ……)
そして、法雨は、その事に改めて胸を撫で下ろした――のだが、不意に続けられた京の言葉により、撫で下ろした胸は、すぐさま別の困惑を抱える事となった。
「――あ。――そうそう。――あとは、姐さんが好きなモノとかも、ちょくちょく尋かれますね。――食いもんとか、酒とか……。――こないだは、好きな色も尋かれましたよ」
「――え……?」
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