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戦国時代も終わりの頃…1613年の秋頃。
下野国(現在の栃木県)にある農村の一角。
村長の甥であった若き男・櫛崎 浅長の 元に、可愛らしい天使が舞い降りた。
そう、ようやく、待ち望んだ子供が生まれてきたのである。
当の本人は、喜びはもうひとしおだった。
「おおっ、なんと可愛らしい女子じゃ…母に似て美しく育つであろう。のう、お露」
ひと仕事果たした妾にそっと語りかけると、彼女はゆったりと微笑んだ。
「……そうに御座いますね。無事に生まれて来てくれて……嬉しいです」
このようにお露の口調がゆったりとしているのは、勿論産後の疲れもあるだろうが、それだけでは無い。
実は浅長には、本妻であるお良が居るのだが彼女は不妊の病に悩まされており、子ができず___。
どんなに農民の仕事をしていたとしても元は村長の甥。いざとなればこの家から新しい村長が出てもおかしくは無いので、子供はひとりだけでも出来た方がいい。
その為妾を探していたところ、外国船が打ち上げられたという噂が回って来た。
良い出会いがあるかもしれぬと港に行った浅長が持って帰って来たのは、美しい緑色の瞳をした遭難した異国人本人であった。
家族で旅行へ行っていた途中嵐に襲われて気づいたら相模国に打ち上げられていたというこの少女は、深い教養を浅長に気に入られ、妾となった。
それがお露なのである。
お露がこの屋敷に気に来てからすぐに身篭ったので、十分に語学を学べぬ儘出産を迎えてしまい、簡単な語彙なら理解出来るものの、未だ話すこと全ては解らない。
その為、会話する時は少しゆっくりになってしまうらしい。
しかし浅長はそんな事を気にする素振りも見せず、
「そうだな! この子は村長の又姪になるのだからな」
「………又姪、とは?」
お露が首を傾げる。
「ああ、甥の娘のことだ」
「そう………言うのですね」
「嗚呼」
「…私、もっと勉学に励みますわ……」
「おお、それはいい事じゃ」
「………はい。あの、早くお良様にお見せしたいです」
「お露はせっかちだな」
「………一言余計、です」
「ははっ! そうか」
その日の夜____。
小さな命を祝福する宴が開かれた。
そこで浅長が直接付けた名は、お澪。
「………素敵なお名前を有難う御座います」
「お澪殿……良い名前で御座いますね」
生母のお露からも、正妻のお良からも祝福されたこの姫が、何時か将軍の妻になる日が来ようなど、誰も知らなかった。