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第35話 〚放送席の死角〛
運動会が終わった翌日。
教室は、
いつもより少しだけ浮ついていた。
「ねえ、昨日の借り物競争見た?」
「橘くん、お姫様抱っこって……少女漫画じゃん」
「ガチでキュンとしたんだけど」
ひそひそ声が、
あちこちから聞こえる。
ほぼ――
クラスメイト全員。
例外は、
一人だけ。
姫野りあは、
腕を組んだまま、
何も言わずに前を見ていた。
澪は、
自分の席で小さく縮こまる。
(……聞こえてる)
耳が、
熱い。
顔も、
たぶん真っ赤だ。
視線を上げると、
前の方で海翔も、
どこか落ち着かない様子で
頭を掻いていた。
(……恥ずかしい)
お互い、
同じことを考えているのが
分かってしまう。
昼休み。
放送委員の準備で、
澪は放送席へ向かっていた。
校庭の端。
人の流れから、
少し外れた場所。
放送席の裏は、
死角になっている。
「……」
ふと、
背後に気配を感じた。
「白雪」
低い声。
心臓が、
嫌な跳ね方をした。
振り向くと、
恒一が立っていた。
「……何?」
距離が、
近い。
昨日よりも、
さらに。
「昨日さ」
恒一は、
静かに言う。
「楽しそうだったね」
その言葉に、
澪の背中が冷える。
「……用事がないなら、行く」
一歩、
後ろへ下がろうとした。
――その瞬間。
腕を、
掴まれそうになる。
ぎゅっと、
制服の袖が引かれた。
「待っ——」
でも、
掴まれる前に。
「澪!」
聞き慣れた声。
放送席の表側から、
海翔が走ってきた。
「準備、始まるよ」
恒一の手が、
止まる。
一瞬、
空気が凍った。
海翔は、
何も言わずに澪の前に立った。
距離を、
自然に遮る。
「……来い」
それだけ。
澪は、
何も言わずに頷いて、
海翔の後ろに下がった。
恒一は、
笑わなかった。
ただ、
じっと二人を見る。
その目は、
はっきりと“何か”を
決めかけていた。
放送室に入った瞬間、
澪は息を吐いた。
「……助けてくれて、ありがとう」
海翔は、
少しだけ照れたように
視線を逸らす。
「噂されてるからさ」
「これ以上、漫画っぽくなったら困るだろ」
澪は、
思わず小さく笑った。
でも――
胸の奥は、
ざわついたままだった。
放送席の外。
死角で、
恒一は一人、
拳を握りしめていた。
(……邪魔ばっかり)
笑顔は、
どこにもない。
“行動”は、
まだ。
でも――
確実に、
次を考えている目だった。