テラーノベル
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科学者の大橋誠一郎は、薄暗い研究室で顕微鏡を覗いていた。彼の指先が微調整ダイヤルに触れると、サンプル内の緑色の生物が拡大される。
ミドリムシ――その単純な藻類の仲間が何故ここにあるのか?彼は数日前にこの奇妙な手紙を受け取っていた。
『これを調べてください』
差出人は不明だった。封筒にはただそれだけ。添付されていたのがこの小さなガラス容器だ。好奇心と僅かな不安が混じった感情が胸中に広がる。
彼は顕微鏡をさらに調整した、その瞬間だった。
突然、緑色の生物が震えたかと思うと分裂し始めた。無数の小さな点が蠢きながら動き出す。驚きよりも恐怖が先立った。未知の生物が目の前で進化しようとしている。これは普通ではない。
「まさか……こんなことが?」
次第にそれが単なる増殖ではなく組織化であることに気づいた。点は集まり線となり面となり、三次元構造を形成していく。まるで何か高度な意志が働いているようだった。
不意にノック音が響く。
「大橋先生?そろそろお時間です」
助手の声が遠く感じられる。振り返れば通常通りの日常があるはずだった。だが今この瞬間からそれは崩れ始めていた。
「ああ……もう少しだけ頼む。すぐ行く」
しかし頭では分かっていた。これは簡単な現象ではない。もし彼が想像している通りなら世界中で起きている可能性すらある。そう考えた途端冷たい汗が背筋を伝った。
最後にもう一度確認しようとレンズ越しに見たとき、それはすでに消失していた。ただ透明な液体だけが残された。
羽田空港ターミナルビル内。出発ロビーはいつもの賑わいで溢れている。旅行客やビジネスマンたちが行き交い、搭乗時刻案内板を見る姿は日常そのものだった。
そんな中一人異様な男が佇んでいる。三十代後半くらいだろうか。痩せ型で灰色のスーツ姿。顔色は青白く、額には汗が浮かぶ。
目線は定まらず誰とも視線を合わせないまま壁際まで歩み寄る。手摺り越しに下階を見下ろしながら小さく呟いた。
「……ついに来た」
するとふっとその眼差しが変わった。虚ろだった瞳孔が大きく開き、口元に笑みすら浮かぶ。その変貌ぶりには周囲も気づいていた。異様な雰囲気。
しかしここでもまた人々は無関心だった。皆それぞれ自分自身の生活や予定に忙殺されているからだ。男は叫び出す。
「みんな喰ってやる!!」
悲鳴のような雄叫びと共に突進した先には、無防備な家族連れがいた。母親と思われる女性へ飛び掛かり覆い被さると即座に首元へ噛みついた。
「ギャアッ!」という甲高い叫び声と共に鮮血が噴き出す光景。それでもなお狂暴な行為は続行された。
周囲から逃げ惑う乗客達。「何事だ」「助けろ」「警察呼べ」と怒号が飛び交う中、突如暴動となったこの一角。保安職員たちによって鎮圧されるまで、十分以上掛かったという証言もある。
そして問題はこれだけでは済まなかった……。
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