「ショックなのは分かるけど、受験票のことはひとまず置いておこう。後でどうとでもできるから……」
俺を気遣う東野の声もどこか遠くに聞こえる。足の裏が床に縫い付けられているかのように動かすことができなかった。このまま突っ立っていても仕方がないのに。
「透!!」
「あっ、えっと……」
「話を続けても大丈夫?」
「うん……お願い……しマス」
強めに名前を呼ばれたおかげで、ぼんやりしていた頭が少しだけマシになった。そうだ。東野の話を聞かなければならなかった。
「順を追って説明する……と言っても、そこまで複雑なことではないんだ。僕が透や小山少年について知っていた理由は『この子たち』から聞いたからなんだよ」
「この子たちって……?」
俺が疑問を口にした瞬間。再び部屋の中を青白い光が照らす。光の発生源は……東野だ。
内緒だなんて誤魔化しているが、やはりこの人は魔道士で間違いない。今度は一体どんな魔法を使うつもりなんだろうか。
『キケキャキャキャキャキャキャ!!!!』
突如鳴り響いた耳をつんざくような音。動物の鳴き声のようにも聞こえる得体の知れないそれが、部屋のあちこちから発生している。その上、さっきまでは全く感じることが出来なかった幻獣の気配がする。それもひとつやふたつじゃない。少なくとも10以上は確実に――――
『ダイジ!! ダイジ!! トオル! キャキャキャキャキャ……』
『ギャーギャー!! シケン! モウスグ!! シケン!』
奇声の中にいくつか聞き取れる単語が混ざっている。恐ろしいことに俺の名前もあったような……
複数のスティースの気配に、このけたたましい声。更に今度は視界の端を何かが横切った。後を追うように目線を向ける。その先にあるのは俺が普段使っているベッドだったが……
『キー!! キー!! キキキッ……フカフカ!! フカフカ!!』
白くて丸いボールのような物がベッドの上を転がっていた。大きさは卓球の球くらい。ボールが勝手に動き回って言葉を話すはずがない。よく見ると、そのボールに似た何かには一対の羽根が生えていた。加えて、中央から大きく切り開かれた割れ目……それは人間の唇を連想させた。声はその割れ目から発せられている。
「ごめん、一度に出し過ぎた。ひとつひとつは小さくてかわいいけど、これだけの数が集まるとさすがにうるさいね」
東野の言葉を受けて部屋の中を見渡すと、ベッドの上にいたボール状の物体と同じものが縦横無尽に飛び回っている。それらも唇のような割れ目から甲高い声を発していた。
「よそのお家の中だから静かにしてね」
空飛ぶボールたちは東野が注意すると一瞬で静かになった。あれほどやかましく鳴き喚いていたのに。
「東野さん、こいつらってもしかしてスティースなの……」
「そう。見るのは初めて?」
「うん」
通常、スティースの姿は人間には見えない。俺も気配しか感じ取れないので、こんなにはっきりと姿を見ることができて衝撃を受けた。東野がスティースとなんらかの契約を交わしているためだと思われる。
「この子たちは微弱だけど、風を操る力を持っているんだ。そして見ての通り、かなりのおしゃべり好き。風に乗ってあちこちに移動して噂話とかたくさん集めてきてくれるんだよ」
ボールみたいなスティースのランク自体はとても低く、俺でも契約できるらしい。それでもこれほどの数を一度には無理だと思う。東野はなんか平然とやってるけど……
彼はこの町に滞在している間、スティースを使って情報収集を行っていたとのことだ。
「あっ、風の噂って……もしかしてこのスティースのことだったの?」
「御明算!」
前に東野が言っていた言葉を思い出した。どうして俺について知っているのかという問いかけに対しての解答だ。まさかスティースの能力で調べていたなんて……
「この子たちは比較的風の強い場所に好んで生息している。川の近くとか……あと橋の上とかね」
東野のもうひとつの警告が『川に近付くな』だったな。そういえばこちらの意味がまだ分かっていなかった。ボールのスティースが多く住んでいる場所が川の近くらしいけと関係あるのだろうか。
「僕の他にもこのスティースと契約して色々やってた人間がいたんだよ。それが、現在僕たちの間で話題騒然の小山少年だ。つまり……透の受験票をボロボロにしたスティースは、この子たちの仲間ということになるね」
「えっ……」
東野の周辺を鳥のように飛び回っているスティース。こいつらが俺の受験票を……
いや、違う。同じ種というだけで今ここにいるスティースがやったわけじゃないだろ。まだ頭がぼんやりしてるな。しっかりしろ。
「透の事を調べているうちに、小山少年についても色々分かったんだ。彼は君に対して相当複雑な感情を抱いている。その理由は試験の結果。どうして自分は不合格で君が合格なんだ。納得出来ないってさ。透からしたら理不尽極まりない。迷惑な話だね」
「まさか、それで俺の受験票を……?」
俺は学校で友人たちと一緒に、試験の合否について騒いだことが何度もある。その場に小山もいたことがあった。不合格でショックを受けている人の前で……なんて無神経だったんだろう。
でも、俺は小山が受験者だって知らなかった。あいつが不合格なのも俺のせいではない。こんな事で一方的に恨まれて受験票を破かれたのだとしたら、東野の言う通り理不尽だ。いくら腹を立てたからと言って、やっていい事と悪い事があるだろうが。
「本来なら受験票を紛失すると試験は受けられなくなる。それがどんな理由であってもね。だけど、今回の場合はスティースまで使われて悪質だ。僕が小山少年を見過ごしたせいでもあるから、なんとか担当者と掛け合って……」
「俺、小山に会ってくる」
「は? えっ……会ってどうするの。仕返しでもするのか。そんな無駄なことしなくても、試験なら受けられるようにしてあげるよ。なんならそんなの無しで入学させてあげるし。むしろそっちのが簡単で……」
「だってムカつくじゃん。俺も悪いとこあったかもしれないけど、それにしたって陰湿過ぎるわ。何より許せないのが、こんなことにスティースの力を使ったこと!!」
このまま泣き寝入りなんてしてやるものか。一発殴って……いやいや、お互い受験生なんだからそれはダメだ。とにかく、ひと言物申してやらなきゃ気がすまない。
「東野さん、ありがとう。それじゃ、俺行くから。またね!!」
「うそでしょ、ちょっと!! マジで行くの!?」
制止する東野を振り切ると、俺は勢いよく部屋を後にした。
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