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理玖と身を寄せ合うようにして座席に座りながら、電車に揺られること数十分。

私の家の最寄り駅に着いた。

改札を抜ける前に、私は足を止めて理玖に確かめるように訊ねる。


「ね、やっぱりここで別れても大丈夫よ。その方が理玖君が帰るのに面倒じゃないでしょ?」


しかし彼は私の言葉をあっさりと流す。


「まど香さんのことに関して、面倒なんて思うことはなにもないよ。それにもう忘れた?ぎりぎりまで一緒にいたいって言ったこと」

「ちゃんと覚えてるわ」


周りを行き交う人の流れの中、理玖の甘い言葉が他の人に耳に入ったりはしていないかと心配しながら答えたから、小声になってしまった。

すぐ傍にいるのだから聞こえたはずなのに、理玖はわざわざ身をかがめてもう一度私に問う。


「一緒にいたいって言った俺の言葉、ちゃんと覚えてるの?」

「お、覚えてるってば」


今度はあえてその耳に向かって答える私に、理玖は満足そうに笑う。


「やっぱりまど香さんは可愛い」

「もう……」


甘い眼差しを向けられて頬が熱を持つのを感じながら、私は改札に向かった。

外に出てすぐの交差点を渡り、自宅の方へと足を向ける。


「理玖君、帰り道分かる?」

「大丈夫だよ。方向音痴じゃないし、なんならスマホもあるから」

「それならいいんだけど」


自宅まではまだ少し距離がある。私は思い切って手を伸ばし、彼の手を握った。その温もりに、彼を愛しく思う気持ちで胸が一杯になる。


「理玖君、大好きよ」


私の手の中で理玖の手が震え、頭の近くでは彼が息を飲む気配を感じた。

彼ははあっと息をつき、苦々しい声で言う。


「俺が前に言ったこと忘れてるよ」

「何だっけ?」

「もう……。帰り際に可愛いこと言うのは禁止だって、言ったはずだよ」

「だって、言いたくなったんだもの」


理玖は再び、しかしいっそう大きく息を吐き出した。


「ここが道路でよかったよ。でなきゃ、すぐにもまど香さんを丸呑みしてた」

「ま、丸吞みって、蛇とかじゃないんだから……っ」

「あはは」


私の反応と言葉が面白いと理玖は声を上げて笑う。

「あれ?姉ちゃん?」


背後からいきなり聞こえた声に私は慌てた。繋いでいた手をぱっと放して振り返る。そこに立っていたのは、弟の善だった。コンビニに行ってきたのか、手に白いビニール袋を下げていた。今日は帰りが遅くなると言っていたのに、と焦る。


「今夜って遅くなるとか言ってなかったっけ?」

「あぁ。うん。その予定だったんだけど、友達が急に具合悪くなってさ。だから早々と解散。ん?そちらの方は?」


気づかずそのまま先に行ってくれればいいのに、という願いは叶わなかった。

理玖は私の背後を守るかのように立っていたが、そんな彼に気づかないわけはないかと思い直し、私は善に極めて簡潔に答えた。


「送ってきてもらったんだ」

「ふぅん?」

善は私をちらりと見てから理玖に言った。


「姉がいつもお世話になっているようで」

「は、はい。俺、いや、僕の方こそお世話になっています」


「俺」を「僕」に言い換えたところからも、理玖が緊張していることが分かる。


「名前、聞いても?あ、俺は滝口善」

「ええ、えぇと、土屋理玖と言います」

「土屋君ね」


善は私と理玖を交互に見て、顎を手で撫でながら言う。


「姉ちゃん、俺先に帰って、暖房入れとくから」

「え、あぁ、うん。よろしく」

「土屋君、悪いけど、うちの前まで姉ちゃんのこと頼んでいいかな?」

「は、はい。もちろんです」

「ん。じゃあ、頼みます」


善は理玖に向かって軽く頭を下げると、家の方に向かってさっさと行ってしまった。

理玖は曲げた膝に手を着いて、盛大なため息をもらした。


「はぁ……」


私は苦笑し彼の背を撫でる。


「まさかこんな所で会うとはね……。理玖君、びっくりしたでしょ?」

「まぁね。かなり緊張した」

「うん。すごく伝わって来たよ。理玖君の緊張が」

「まど香さんの家族に急に会うことになったとしても、全然構わないって思ってたんだけどね」


理玖は体を起こしながら、心配そうに言う。


「善さん、だっけ?俺のこと、どう思ったかな」

少なくとも、理玖に悪い印象は持たなかったように思う。私を家まで連れて来てくれと頼んだのは、そういうことなんだと思う。ただ、私と理玖の関係に気がついたかどうかまでは分からない。

理玖の口ぶりは特に答えを求めていないようだったから、それには触れないまま、理玖に言う。


「理玖君、うち、もうすぐだから、ここでいいよ」


しかし彼は首を横に振った。


「いや、善さんから家まで連れてくるようにって頼まれたんだ。ちゃんと送る。そうやって善さんに信頼してもらわないと」


やや力んで聞こえる理玖の声を聞きながら、私は彼を促して歩き出す。どうせなら、このタイミングで理玖を彼氏だと紹介してしまえば良かったと、心の中には後悔が浮かんでいた。

家に到着した私たちは門の前で足を止めた。


「送ってくれてありがとう」

「どういたしまして。今日はめいっぱい一緒に過ごせて幸せだったよ」

「うん、私もよ」

「メールだけじゃなくて、電話もする」

「うん」

「じゃ、帰るから……」

「うん……」


長の別れではないのに、しばらくは会えないと思うと、涙がこみあげてくる。けれど、だからこそとっておきの笑顔を見せたい。


「またね!」

「うん。また!」


二人して寂しさを押し殺し、笑顔で手を振り合った。

何度も振り返る理玖の後ろ姿がとうとう見えなくなるまで、私は門の前に立っていた。急に気が抜けたようになり、全身が重くなる。のろのろと足を引きずるように歩き、玄関のカギを開けて家の中に入った。


「お帰り」


ドアの内鍵を閉めた時、善の声がした。弟に今の顔は見せたくないと、慌てて顔を作ってから振り返る。


「ただいま」


言葉短く言って靴を脱ぐ。スリッパを履こうとしたところに、善がさらりと言った。


「彼氏?」

「え?」


善の言葉があまりに短すぎて、思わず弟の顔を見てしまう。

私と目が合った善は、珍しくふっと微笑みを浮かべた。


「俺より年下みたいだけど、良かったじゃん。いいやつそうで」


ついさっき会った時にはそういう素振りはなかったが、実は気づいていたのかと照れ臭くなる。理玖が年下だと言うことを見抜いたにもかかわらず、反対あるいは拒否するどころか、好意的な善の反応にほっとしつつ、恐る恐る口にする。


「高校生なんだ。二年生」

「へっ!?」


善の口がぽかんと開いた。それも仕方のない反応だ。続いて出てくるのはきっと反対する言葉だろうと身構えた。しかし、善の口から出た言葉は予想外だった。


「へぇぇ、姉ちゃん、やるなぁ……」


感心したようにしみじみと言われて戸惑った。


「反対とか、しないわけ……?」


善は怪訝な顔をする。


「反対って?あぁ、もしかして年の差ってこと?それとも、相手が高校生だからってことか?」

「どっちも、だね……」

「まぁ、驚きはしたけど、別に反対する理由はないべ。だって、別に今結婚するとかいう話じゃないだろ。大学生と高校生のカップルなんか、別に珍しくもなんともないしさ。俺のゼミにもいるぜ。そっちはまぁ、男が大学生で、女が高校生だけどな」

「そうなんだ」

「なんにせよ、今度の彼氏は姉ちゃんのこと、大事にしてくれそうじゃん。前のやつはどうかと思ってたから、まぁ、良かったんじゃないの」

「え?」

俊一と付き合っていたことを、善に話したことはなかった。俊一のことに限らずだが、そもそも私の恋愛事情になど無関心だと思っていたからだ。しかし実は、気にかけてくれていたらしいことに気づき、驚く。

善は照れた時によくする仕草をしながら、ぶっきらぼうに言う。


「弟としてはさ、これでも一応心配してるんだからな。今は両親こっちにいないし。ま、残念ながら来月からは遠恋になるみたいだけど、頑張ってみれば」


善は言うだけ言うと、二階の自室へ引っこもうとさっさと階段に足をかけた。

それを私は引き留める。


「善、ありがとね。彼氏に言っておくね」

「何を?」

「善が、彼に対して好意的だっていうこと」

「なんだよ、それは。あぁ、でも一つだけ気に食わないとこがあったんだよなぁ」

「えっ、何が?」


善は私の困惑顔を見て、嬉しそうににやりと笑った。


「俺よりイケメンなとこがな」

「あぁ、なるほどね。確かに」


くすくすと笑う私に、善は呆れたように苦笑する。


「なんだよ。惚気かよ。ま、そのうち遊びにでも連れて来れば?んじゃ、俺、部屋行くから」

善はひらひらと手のひらを舞わせながら、階段を登って行った。

その後ろ姿を見送った後、安堵に頬が緩む。

早く弟の言葉を伝えなくてはと、早速私はその場でスマホを取り出す。三人で会うこともそんなに遠いことでもないかもしれないとその日を楽しく想像しながら、理玖宛にメッセージを打ち始めた。

優しい君に恋をする~この関係、気にしないではいられない、だけど、それでも

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