テラーノベル
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魔法のような名前のテーマパークの正門をくぐった瞬間、頭上で紙吹雪が舞った。自動でシャボン玉を吹き出す柱がきらきらと光って、あたりには甘いポップコーンの香りが漂っている。
「やべ、もう帰りたい」
「ちょ、まだ入って5分!」
隣で騒ぐ友人を無視して、大森はサングラスを引き下げた。
今日ここに来たのは完全に付き合いだ。彼女に振られて落ち込む友人を慰めるために男二人で遊園地。自分でも絵面の地獄さはわかってる。
それでも「頼む、テーマパークで非日常感じたい」なんて言われたら断れなかった。
しかし早くも後悔していた。
どこもかしこもキラキラしてて、みんなニコニコしてて暑くてうるさい。
非日常? ただの騒がしい世界の間違えだろ
そう思いながら歩いていたそのときだった。
「ようこそ、スターリーパレード・キングダムへ! 本日、ティーカップは星屑多めで回っております!」
ふわ、と風が吹いたような声だった。
振り返るとそこにはアトラクション前に立つキャストの姿。名前は知らないけれど、メルヘンなティーカップが回るライドの前で、ひときわ目を引く笑顔を浮かべていた。
男だった。中性的な顔立ち。さらりとした髪に、白と淡い緑の制服がよく似合っていて、まるで本当に「物語の住人」のような存在感を放っていた。
「なんだあの人、本当に人間?」
思わず口に出してしまっていた。するとそのキャストはふっと目を細め、少しだけ声を落として言った。
「……あまり見ない顔だね、お兄さん」
さっきまでとは違う低いトーン。
接客用の笑顔じゃない、どこか探るような視線に大森は思わずまばたきをした。
「ここに来るのは初めて?」
「うん、まあ。なに?初めて来たっぽい人にはそう言えってマニュアルに書いてあるの?」
「ううん、顔に書いてある」
さらっと笑ったキャストの胸元の名札には「Ryoka」と書かれていた。大森の方にほんの少しだけ身を傾け「よかったら乗っていかない? 今なら空いてるよ」
と言い放つ。
「ティーカップ?」
「星降るやつ」
「星が降るほど回るのはちょっと困るな」
そう言うと、Ryoは初めて接客スマイルじゃない自然な笑顔を見せた。
「じゃあ、少しゆっくりめで」
大森はため息をつきながらその手招きに従って歩き出した。ティーカップなんて、子どもかカップルが乗るものだろうと思っていたけど
(まあ、こんなキャストがいるなら悪くはないか)
始まったばかりのテーマパークの1日。
さっきまでの憂鬱は晴れ、どこか浮き足立っていた。
「なあ、大森! パレード始まるってよ! 見てこーぜ!」
「あー……」
夕方、すでに10個近くのアトラクションを回ったあと大森はベンチに沈み込んでいた。友人はというと、キャストに愛想を振りまかれてすっかり上機嫌。だいぶ立ち直ったらしい。
そんな彼が腕を引っ張ってくるもんだからしぶしぶ立ち上がる。
「で、パレードって?」
「夜のショー。目玉らしい。王子と姫と魔法使いがどうこうって俺は姫派だけど!」
「知らねえよ」
そんなやりとりをしているうちに園内の照明がすっと落ちた。
アップテンポの音楽が流れはじめ通路の向こうから無数のライトとともにゆっくりとパレードのフロートが現れる。
うわ……派手だな。
光る蝶のような衣装を着たダンサーたち、車輪のまわるきらびやかなフロート、ファンファーレのようなBGM。そのすべてが非現実で完璧だった。
その中心でゆっくりと歩いてくるひとりに、視線が吸い寄せられた。
「……あれ」
白銀とネイビーの衣装。胸元には星の飾りがきらめいていて、長いマントをなびかせながら堂々と歩いてくる。
(あの人さっきの……ティーカップの……)
間違いない。Ryokaだ。あのキャストが今は王子様の顔でパレードの先頭に立っていた。
足取りも、笑顔も、完璧だった。光に照らされて舞うその姿はさっきまでティーカップを回していた人と同じ人間とは思えないくらい、完璧に物語の住人だった。
「うわ、なにあの王子。やば!」
すぐ隣で女子高生らしきグループがスマホを構えて騒いでいる。大森もなんとなく視線が外せなかった。あの時と違って今は客席にいるせいか王子の視線は誰にも向けられていない。
なのになぜだろう。
少しだけ自分が見つけられたような気がしてしまった。
思わず口の端から漏れる。
「…王子、カッコよすぎだろ」
その瞬間だった。
すれ違いざま、王子…Ryokaがちら、とこちらを見てにこりと笑った。演技かと思ったその笑顔のあと、彼は口パクでぽつりと呟いた。
「でしょ?」
ぎょっとして大森は思わず立ち止まる。
(聞こえてた?)
いや、そんなはずは。周囲は音楽と歓声の渦だ。それなのに自分にだけ向けられた気がした。
王子はそのまま光のなかに溶けていくように歩いていった。
手を振る相手も、微笑む相手も、自分じゃない。
けれど確かにあの一瞬だけは、自分と目が合った気がした。
「……なんなんだ、あいつ」
ティーカップの中で見た飄々とした笑顔とは違う。光のなかに立つRyokaはまるで、ずっとそこにいた本物の王子のようだった。
そして同時に大森は自分の胸の奥にどうしようもないざわつきを感じていた。
その後、飲み物を買いに裏手の自販機へ行ったときだった。Ryokaぐったりした様子でベンチに座っていた。汗で前髪がぺたりと額に張りついている。
「あ、いたんだ。暑すぎて死ぬ、今日」
「王子なのに夢壊れるね」
「ばらしたら呪っちゃうよ」
ぽいっとスポーツドリンクのキャップを投げるRyokaに大森は思わず吹き出した。あの完璧な王子の姿からは想像もつかない、素の表情。
(こっちのほうが人間味あっていいかもな)
藤澤が一口飲んで顔をしかめたあと、大森をじっと見つめた。
「さっき、僕のことかっこいいって言ってたでしょ」
「聞こえてたの」
「うん。ちょっと嬉しかった」
唐突な一言に大森の心臓がふいに跳ねる。遊園地のど真ん中、パレードの喧騒がまだ続くなかでなんだかここだけ静かだった。
「名前、教えて。君の」
ティーカップの王子さまが今度は役じゃない声で笑った。
コメント
2件
キャスト×客パロとか天才なんですか!?ほんとに好きです!!涼ちゃんがティーカップのお客さん呼び寄せてる時の声が安易に想像できて勝手に悶えてました、うあぁめちゃくちゃ好きです…
こんばんは。 素敵なお話、いつもありがとうございます🥰 ❤️💛大好きなのでいつも楽しく読ませて頂てます🥰 このお話もすごく引き込まれます💕 次作も楽しみにしています✨