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下野国 皆川城 皆川成勝
「は、謀りおったか……」
自らの血で全身を赤く染めた父宗成が畳の上に這いつくばりながら事の首謀者である私を見上げる。端には叔父たちが無残な姿で事切れていた。私は何も言わずじっと見下ろしていた。
私は対立が深刻化していた父に和解したいとの申し出をした。叔父たちは罠ではないかと疑っていたようだが、父は愚かにも私を信じて申し出を承諾し、誘われた話し合いの場に姿を現した。呼んだのは父だけだったが不安を覚えた叔父たちもその場に同行していた。想定外だったが、これはこれで都合が良い。
和解の場は最初は和やかに進んでいた。私は父に詫びを入れて宇都宮への従属は取り止めると言うと、父は大層喜び共に皆川を盛り立ていこうと切り出した。
叔父たちの警戒が解けはじめた。頃合いか。私は手を二回ほど叩く。それを合図に私たちがいた部屋に武装した兵たちが雪崩れ込む。
兵士は父たちに狙いを定めており、複数の槍や刀が彼らの身を襲った。突然のことに父たちは反応することもできずに刃の餌食となる。叔父たちも最期の最期でこの和解の話が罠だったことに気がつくも何も抵抗できずに力尽きてしまった。
父は虫の息でもまだ命を保っていた。自身が騙されたことに気づいたと同時に私を信じてしまった己の不甲斐なさに唇を強く噛み締めていた。
転がっている正繁、成明、成正、成忠の叔父上の死体を目にして父は再び私を見やる。その目には恐ろしいほどの怒りが込められていた。私は思わず一歩後ろにのけぞってしまった。
「ち、父上が悪いのだ。皆川が生き残るには宇都宮に従属する他道はないと理解できないから!」
「宇都宮なんぞに誰が頭を下げるか。小山との同盟はどうする気じゃ」
「あのような同盟で皆川が守れるわけないではないか!」
死の間際の父の気迫は圧倒的に優位なはずの私を追い詰めるほどの迫力があった。
「ええい、者どもとどめを刺せい!」
父の圧に耐えきれなくなり、兵に息の根を止めるよう指示を出した。兵の繰り出した槍が宗成を串刺しにする。今度こそ息の根は完全に止まった。
父の死を確認した私は兵に死体の処理を命じるとすぐにその場を後にする。
「これで邪魔だった父上が死んだ。もう宇都宮の従属を邪魔してくる輩は駿河くらいだろうが、奴ひとりでは何も出来まい」
だが親殺しをしたからなのか、あるいは最期の父の圧のせいなのか私の体の震えはしばらく止まらなかった。邪魔者は排したはずなのに気分が晴れない。空を見上げると曇天だった。
父亡き後の皆川家の主導権は完全に私が握った。残党がいくらか残っているだろうが掃討できるまで時間の問題だろう。不穏分子を取り除いた後に宇都宮家に従属を申し込んでも遅くはない。西方城あたりは宇都宮に奪われそうだが、皆川の本領さえ安堵できれば十分だ。
その日の皆川城は深夜から翌日の朝まで豪雨に見舞われた。下野において突然の豪雨は珍しいことではない。けれどなぜかこの雨が酷く憂鬱だった。
移動する必要がないのに山麓の居館から城内で一番標高が高い皆川城の本丸に身を移す。父を殺した館で寝泊まりするのが嫌だったのかはわからない。しかしどうも居館で夜を過ごす気にはなれなかった。
僅かな供だけ連れて本丸の簡素な館に入り、ようやく体を横にして休息に入ることができた。それが僅かな休息だと知らずに。
「御屋形様っ!い、一大事でございます!」
家臣の叫ぶ声で目を覚ます。どうやら夜明けのようだった。
「何事か騒がしいぞ」
「それどころではありませぬ!城が囲まれております!」
「なんじゃと!?」
思わぬ報せに一気に眠気が覚醒する。すぐに館を飛び出て本丸に備えていた物見櫓に自ら登って状況を確認する。すると確かに甲冑に身を包んだ黒い集団が皆川城を包囲しているではないか。
「どうして城が包囲されているのだ!?見張りは何をしていた!?」
「申し訳ございません。先日の雨と朝の霧のせいで発見が遅れてしまいました」
「くそっ、どこだ、どこの軍勢だ?」
「……二つ頭左巴。小山家でございます」
「小山だと?何故小山が皆川を攻める?いや待て、小山だとしたら支城の連中は何をしていた。雨があったとしても誰も気づかないことはないだろう」
私は困惑していた。切る予定だったとはいえ同盟関係だったはずの小山が何故皆川を攻めるのか、そして何故小山の進軍に誰も気づかなかったのか。
「方角的に駿河の富田城があったはずだ。奴が気づかないなんてありえな……まさか」
そこで思い至る。忠宗が裏切ったのではないかと。
そうこうしているうちに小山軍は鬨の声を上げはじめた。その中で成勝はある言葉を耳にする。『これは宗成殿の弔い合戦である』と。
「馬鹿な、何故小山が昨日の事を知っているのだ……」
しかし同時に理解する。小山は父の弔い合戦という名目で皆川との同盟を破棄して私を討ちにきているのだと。
まさか攻められるとは思っていなかった皆川城にいる兵は一〇〇にも満たない。対して小山軍は一〇〇〇近くいるように見える。十倍近くの敵相手に城を守れるとは思えなかった。
「妻子には逃げるように伝えよ。それと兵たちに居館は捨て城に籠るよう命じろ」
小山軍を見つめながら家臣たちに命令を下す。しかし自身の顔色が白くなっている。
「せっかく父上たちを排除したのにこんな仕打ちはあんまりではないか。かくなる上は武士の意地を見せつけるのみか」