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――それは対象者を捉え、血液を燃焼させる事により内部より強制発火させる。
「ぐぅあぁぁぁぁっ!!」
一瞬、時雨の五体より炎が外部へと噴き出し、そして黒煙と共に倒れた。
「…………」
時雨は大の字に倒れたまま、微動だにしない。例え誰であろうと、内部からの攻撃に耐えられる者は居ないだろう。
「さよなら時雨……。さあ、次は琉月、貴女の出番ではないかしら? このまま見ているだけって事は無いでしょう?」
チャリオットは倒れた時雨に一瞥して直ぐ、矛先を琉月へと向けた。
「崋煉、貴女って人は……。いいでしょう。時雨さんの仇として、私が相手になります」
「ちょ、ちょっとルヅキ!?」
琉月もそれに応え、止める悠莉を制して向かう。
「そうこなくっちゃね。仇という程でもないけど、一応貴女には『マジシャン』を倒された借もあるし」
様相は何時の間にか、チャリオット対琉月の構図へと。
「――これは面白い事になりそうだね。カレンと琉月、彼女等の力はほぼ互角。凄まじい闘いになりそうだ」
玉座に腰掛けたエンペラーも、その構図には興味を示した。それ程に、次なる闘いは伯仲していると。
「……テメェの目は節穴か?」
「うん?」
隣で磔られた雫が、それらにお茶を濁す。雫の視線はエンペラーでも、対峙するチャリオットや琉月でもない。
その見詰める視線の先には――
「アイツを舐め過ぎじゃないか? この程度で奴が終わる訳が無いだろう」
はっきりと時雨の姿を捉えていた。
「……勝手に殺さねぇでくれよ」
「――っ!?」
「し、時雨さん!?」
既に両者の戦闘意向が御互いにあった次の瞬間、時雨は立ち上がっていた。
「しょ、正気なの!? 内部から燃やしたのよ! 何で立ち上がれるの――ってか、何で生きてるの!?」
これには流石のチャリオットも、呆れを通り越して戸惑いを隠せない。
効いていない筈が無い。現に時雨は、一目瞭然な程の重体。かつての優雅で自信に満ち溢れていた姿形からは、面影も無い位に煤けていた。
「ああ、効いたよ。だが俺の命にまでは、まるで届いちゃいねぇぜ?」
時雨は胸を張って己を鼓舞し、吼えた。それは虚勢なのか、それとも。
「さあ、琉月ちゃんは下がってな。大丈夫、最後に笑うのは俺って決まってんだよ」
「で、でも……」
その有無を言わせぬ、何処か得体の知れない迫力に、琉月は憚らずとも下がっていた。
チャリオットは再び時雨へと向き直り、対峙する。
「全く……根拠の無い自信も、此処までくると流石としか言いようがないわね。でも、今のアナタに何が出来るの? 身体はボロボロ、力は通用しない」
「確かに……アンタの弟子としての俺なら、どうにもなんねぇな」
しかし状況は依然として、戦況の利はチャリオットの手の内に有る。時雨の有利に変わった訳ではない。
「そう……アナタの力は、私が全て把握している。何をしても無駄という事。じゃあ次は立ち上がれぬよう、欠片一つ遺さず燃やし尽くしてあげる」
止めを刺すのは容易。チャリオットは右手を翳し、掌には炎が生み出される。
燃え上がる炎は柱となって、辺りを包み込もうとするが――様子がおかしい。
「えっ!?」
炎は勢いを増す処か、急激に鎮火していき、やがて完全に消える。
「消えた? 何故――何故炎が出ない!?」
チャリオットはもう一度、炎を出そうとするも上手くいかない。
“異能を使い過ぎたか”――否、そんな筈は無い。余力は充分に有る。
「――っは!?」
チャリオットは漸く気付いた。炎が出ないというよりは、意図的に出せない状況に有るという事に。
「……やっと気付いたみたいだね。もうアンタは炎を出す事は出来ねぇよ」
そしてこれは、時雨の仕業でもある。
「考えたわね……」
チャリオットの、時雨との二人の周りを包むように覆われていたモノ――
“ブラッディ・ジェイル――ハイミスト・リース ~血痕の檻:水蒸輪界霧”
それは霧だった。それも只の霧ではない。とてつもない高濃度の霧。これが炎を出せない状況を作り出していたのだ。
「この範囲内では炎はおろか、あらゆる異能が発動出来ない。これは俺自身の、意思を持つ血の牢獄だから」
そして水分による霧ではなく、時雨特有の死海血によって造り出されている事を。
正に時雨の胎内そのものに、チャリオットは囚われている事になるのだ。
「何時の間にこんな技を?」
異能発動を諦め、チャリオットは称賛するかのように問うた。全てを知り尽くしていた筈のかつての弟子が、何時の間にか自分の予想を超えていた事に。
「何時かアンタを超える為に、考案し温め続けてきた……。そして、アイツとケリを着ける時の為のとっておきとしてね」
時雨の視線はチャリオットを越えて、雫を見据えていた。
「まあ、アンタに悟られずこれを仕込むのは、骨が折れたがね。だが一度捉えたからには、もう逃さねぇ」
時雨は身体を払いながら、チャリオットへ向き直る。彼女の特異能、即ち戦法の殆どを封じた以上、勝利への道筋をなぞるは容易。
「確かに異能を封じた事に関しては、流石としか言い様が無いわ」
チャリオットは素直に、時雨の戦略を褒め称えた。しかし、このまま敗北を悟っているとも違う。
「でも、今のボロボロのアナタに、どれ程の力が残っているのやら……。例え異能が使えなくても、素手で今のアナタを仕留める事位、簡単な事よ」
チャリオットは構えた。身体能力は女性の、人間の比ではないのは当然。
そうだ。如何にチャリオットの特異能を封じたとはいえ、彼等の間にあるダメージの差は歴然。というより、チャリオットは依然として無傷のままだからだ。
果たして、時雨に余力は残っているのか。今まさにチャリオットが飛び掛からんとする間際――
「残念だけど、素手でも無理だよ」
時雨は己が勝利を確信し、言い放つ。
「何を馬鹿な――っ!?」
チャリオットはそれを一笑したが、直ぐに気付いた。
“かっ……身体が動かない?”
自分の身体が硬直して、動かす事が出来なくなった事に。
「気付いたみたいだね。この空間は俺の死海血で満たされている。無意識でも呼吸により、強制的に胎内へ吸引する事になる。これがどういう事を意味するか……アンタには分かるでしょ?」
「なっ……」
そして、ここから行う次の一手は、ただ一つ。
「詰み……て事だよ崋煉さん」
“ブラッディ・バブルデス・クライシス ~血栓泡爆殺”