頭がふわふわとする。
それに合わせて、体がゆらゆらと揺れる。
…揺れる?
「ん…らっだぁ、おはよう。」
「…おはよ。」
俺の肩を小刻みに揺さぶる幼い少年。
今日は土曜日か。
せっかく三連休になったことだし、新しい生活用品でも買いに行こうか。
「御飯食べる?ベーコンエッグとか、簡単なものなら作れるよ。」
「…なんでも食べる。」
「じゃあ目玉焼きトーストとかにしようかな。楽だし…w」
「ん。」
短く返事をするらっだぁは、まだ俺に懐いていないようだ。
小さい子と暮らすなんて何年ぶりだろう、俺は弟側だったから本当に久しぶりだ。
「…そういえば、らっだぁって何処から来たの?俺戸締まりして会社行ったんだけど。」
「…窓から。」
「窓から!?確かに閉めてなかったかも…何処に住んでたの?てか、窓から入られることあるんだ…。」
らっだぁはこくりと頷いて、テーブルに置いたトーストを食べ始めた。
どうしよう、いきなり帰って来ちゃったけど、この家で約二ヶ月ぶりに生活するんだよなぁ。
買い物より先に掃除するか。きょーさんとか呼んで、手伝ってもらおう。
「レウさん来たで〜。…また随分と帰ってなかったようやな。」
黄色いパーカー、サラサラの髪、片手に煙草を持って、少し気だるそうにひらひらともう一方の手を振るきょーさん。俺がたまに帰ってきたときは必ず身辺整理を手伝ってくれる。
「きょーさん久しぶり。来てくれてありがとう。実は二ヶ月ぶりくらいに帰ってきたんだよね。」
「そらこんな郵便物と埃まみれになるわけやわ。つか、その子誰や?レウさん隠し子でもおったん?」
「結婚もしてないのにいるわけないじゃん。この子はらっだぁ。拾った?って言うのかな、たぶん…。」
「ほぉーん。身の回りのこともろくにできなくて、月単位で平気で家を空けて、生活リズムの欠片もない人間が子供を拾って一緒に暮らすつもりなんですか。そうですかそうですか。」
「今日俺への当たり強くない??」
グサグサときょーさんの言葉が俺に突き刺さる。図星でしかない。
その間にも、きょーさんの手は休み無く動いてきれいな部屋を作り上げていく。
本当、いつも助かってるなぁ。
「…あれ、らっだぁは?」
「は?…ホンマにおらんやん。おい、保護者は子供から目ぇ離したらアカンねんでー。」
軽口を叩きつつも、ちゃんと周囲を見渡してらっだぁを探してくれるきょーさんはやっぱり優しい。
一方、そのへんの部屋を見回るけれど、当のらっだぁはどこにもいない。
これは流石にまずいかと思い始めた頃、インターホンが鳴った。
「はぁーい。どちら様⋯って、なんだコンちゃんか。」
「なんだって酷くなーい?せっかく迷子拾ってきてあげたのに。お邪魔しまーす。」
もはや流れ作業で部屋にあがるコンちゃん。いや、それよりも。
「え?迷子⋯らっだぁっ!どこ行ってたの?びっくりしたぁ、急にいなくなるから⋯。」
コンちゃんの後ろから、らっだぁがこっちを見ていた。
いつのまに外まで行っていたんだろう。保護者とか無理かも⋯。
「⋯ごめん。冷蔵庫、空だったから⋯なにか買ってきたほうがいいのかなって、思って。」
そっと差し出してきた手には、重そうなレジ袋が二つ。
慌てて受け取ると、思わずそれを持った手が落ちてしまいそうなくらい重かった。
「うっ⋯わぁ! 重っ!?こんなに買ってきたの?すご⋯。」
「や〜、レウさんまた自分の部屋で溺れてるんだろうなって思ってこっち向かってたら、レウさんの家の方からこの子が歩いてきてさ〜。声かけたら、レウさん頑張ってるから手伝いたいって俺に言ってきて。買い物付き合ってあげたんだよね。」
「コンちゃん子供への信用度高すぎひん?つかちゃんと良いモン買ってきとるし、⋯らっだぁはレウさんより有能かもしれへんな。」
コンちゃんが平然と経緯を話すと、部屋の奥から出てきたきょーさんが茶化した。
「酷くない?俺だってちゃんと日常生活くらいできるよ。」
「日常生活ができる人は二ヶ月も自分の家放置したりしませーん。」
「ぅ゛っ⋯それはもういいじゃん!てかそれはコンちゃんだって一緒だし。」
「俺は元々ちゃんと身辺整理してるし、久々に家帰ったけど荒れてなかったよ?」
「そんなこと言ってるかららっだぁだって勝手にどっか行ってしまうんとちゃうんかー?」
「ねえやっぱふたりとも今日俺に対して冷たくない?」
その日はきょーさんとコンちゃんとらっだぁとも一緒に頑張って部屋を掃除して、らっだぁの買ってきてくれたものでちょっと夕飯を豪華にして食べた。
らっだぁは相変わらずあんまり喋らないけれど、ちょっと懐いてくれてる⋯気もする。
「明日は⋯どうしよっかな、らっだぁの寝るベッドとか買いに行こっか。」
「⋯今のままでもいいけど。」
「うーん⋯同じベッドだと夏とか暑そうだし、それに寝るときくらい自分のスペースでのびのびしたほうが良いと思うよ?」
「わかった。」
こてんと頷く、窓から入ってきたという少年。
らっだぁは、何者なんだろう。
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