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《秋霧の乱》
第三話 共闘か、孤立か
一人きりで向かう深夜のホテルラウンジほど、心細い場所はない。
帝国ホテルのバーカウンターに座ると、そこにはもう一人の男が待っていた。
山鳩由紀夫。
いつも少し上気したような目元で、笑みを浮かべている。
「ようこそ。永田町の裏口へ。」
冗談めかして言ったが、私は笑えなかった。
彼もまた、政権を渇望する男――だが、その飢え方は私とは違う。
「本当に、手を組む気があるのか?」
私は直球を投げた。
山鳩は一度ウイスキーを口に含んでから、静かに頷いた。
「あなたが森谷政権を倒した。なら次は、誰が政権を取るか、ですよ。」
あの夜から一週間。
党内からの圧力は凄まじく、派閥幹部の何人かは私の元を去った。
新聞は書き立てる――
『加藤、孤立無援』
『自民党分裂か、空中分解か』
『官邸、加山排除に本腰』
私は、いま自民党に属しているが、自民党のどこにもいない。
党内のどの会議にも呼ばれず、挨拶しても返されない。
いわば、**政治の「死者」**だった。
それでも、私は手を打ち続けた。
山鳩に加え、元直人とも密かに会った。
社民党にも連絡を入れた。
連立――それが現実になれば、加山政権は可能だ。
だが、皆が言うのだ。
「あなたが本当にやる覚悟があるのか? 昨日まで森谷内閣を支えてた男が、今さら改革なんて。」
私は返す言葉がなかった。
◆ 永田町の裏通り
一人、議員宿舎に戻る道すがら、見慣れた男が立っていた。
山崎拓だった。
「加山君……少し話そうか。」
灯りの少ない道端で、彼はタバコに火をつけ、長く煙を吐いた。
「あの時、俺が行かなかったことを、後悔してると思ってるか?」
「いや……後悔してほしいとは、思ってない。」
それが嘘だったと、自分でもすぐに分かった。
山谷はしばらく黙って、言った。
「お前は一人でやれる人間じゃないよ。誰かを守るふりをして、自分を守ってるだけだ。」
その言葉に、私は言い返せなかった。
「だがな――お前が本気なら、次は俺が出る。」
そう言い残して、山谷は闇に消えていった。
◆ 深夜・私邸の書斎
机の上には、まだ読んでいない新聞が何紙も積まれている。
TVは消したまま、部屋は静まり返っている。
――共闘か、孤立か。
国を動かすというのは、こんなにも静かで、こんなにも孤独なものだったのか。
窓を開けると、秋の風が書類をめくった。
その紙には、見慣れた名前があった。
「内閣総理大臣候補:加山紘一」
誰が書いたのかは分からない。
だが、それは確かに――私自身の文字だった。