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📘《秋霧の乱》
第四章 官僚たちの抵抗
「……どうも、空気が重いんですよ。」
平池会系の若手議員からそう言われたのは、政権樹立に向けた綱引きが始まった頃だった。
財務省、外務省、総務省――どの役所も、口では従順だが、動かない。
私が通したはずの予算案には謎の「技術的問題」がつきまとい、会議は延期され、資料は来ない。
霞が関が黙って抵抗を始めたのだった。
◆ 永田町・仮の執務室
私は、森谷政権の崩壊を受けて設けられた「暫定調整室」にいた。
総理官邸の一室――とはいえ、形だけのものだ。
机も古く、電話は外線が繋がらない。
だが、電話は鳴った。
「財務省、折れてきませんね。完全に様子見です。」
元直人だった。連立のパートナー候補として、共に調整を続けている。
「あの人たちは“総理の器”を測ってる。言葉ではなく、空気で。」
私は唇を噛んだ。
官僚とは、明確な敵意など見せない。
代わりに、ただ動かない。黙って潰す。
◆ 財務省・地下第3会議室
私が直接出向いたのは、それから2日後。
旧知の大蔵時代の官僚たちがそろって迎えてくれたが、目は冷たかった。
「大臣は、加山先生が総理になるという前提では、予算編成に関与しづらいと申しておりまして……」
言葉は丁寧だが、実質的な拒否だった。
私は書類を閉じ、静かに言った。
「あなた方が政治を選ぶのか?」
すると、一人が目を伏せずに答えた。
「政治家が『政治』をやるなら、我々もそれなりに応じます。ですが――“覚悟”のない人には、官僚も従えません。」
私は席を立った。
帰りの廊下で、誰とも目が合わなかった。
◆ 夜・私邸
その夜、一本の匿名FAXが届いた。
【加山氏、旧自治官僚と対立 改革潰しの可能性】
出所不明の予算草案がネットに流出。
「霞が関、加山政権に非協力」の観測広まる。
完全に情報戦が始まっていた。
敵は永田町だけではなかったのだ。
「総理というのは、孤独ですね。」
そう言ったのは、数日後に会った藤田正晴だった。
政界の生き字引。いまや隠居同然の立場にありながら、官僚の呼吸を誰より知っている男だ。
「霞が関を動かしたいならな、“怒鳴る”な。“笑う”な。“信じる”な。従わせるんだ。命令ではなく、恐れさせろ。」
私は尋ねた。
「恐怖政治をしろということですか?」
彼は首を振った。
「違う。君自身が、“壊れるほどの覚悟”を持って見せろということだ。」
その夜、私は初めて眠れなかった。
政権を取るというのは、政敵を倒すことではない。
霞が関という無形の巨獣に、己の存在を刻みつけることだった。
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