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第32話 〚運動会前夜、守ると決めた人〛
運動会前日。
放課後の教室は、いつもより少しそわそわしていた。
机の上には、
はちまき。
プリント。
忘れ物チェックのメモ。
澪は、
静かに荷物をまとめていた。
(明日か……)
楽しみ、というより。
不安の方が、少しだけ大きい。
ふと顔を上げると、
教室の入り口に――恒一がいた。
こちらを見ている。
まっすぐに。
(……また)
胸が、ざわつく。
その視線を遮るように、
横から声がした。
「澪」
海翔だった。
「一緒に帰ろ」
澪は、
少し驚いてから頷く。
「……うん」
二人で廊下に出ると、
夕方の空気がひんやりしていた。
「今日さ」
歩きながら、
海翔がぽつりと言う。
「最近、ちょっと変だよな」
「……何が?」
「恒一」
澪の足が、
一瞬止まる。
「無理に言わなくていいけど」
海翔は、
前を見たまま続ける。
「俺、あいつの目が嫌いだ」
はっきりとした言葉。
「前みたいな冗談の感じじゃない」
「澪を見る時、……執着してる」
澪の胸に、
ぎゅっと力が入る。
「……私も」
小さな声。
「ちょっと、怖い」
その一言で、
海翔は立ち止まった。
澪の前に、
半歩だけ出る。
「じゃあさ」
低く、
でも強い声。
「明日、絶対一人にならないで」
「移動も、待機も、全部一緒」
「俺、離れないから」
澪は、
驚いて見上げた。
「……迷惑じゃない?」
「全然」
即答だった。
「むしろ、守らせて」
その言葉に、
澪の心臓が大きく鳴る。
(……この人)
(本気だ)
その少し離れた場所。
校舎の影で。
恒一は、
二人の後ろ姿を見ていた。
並んで歩く距離。
自然な会話。
(……決めたんだ)
(俺から、引き離す気だ)
恒一の表情は、
静かだった。
怒りも、
焦りも。
全部、
胸の奥に沈めて。
(運動会)
(人が多い)
(音も、騒ぎも)
――“都合がいい”。
そう思ってしまった自分に、
恒一は気づいていなかった。
その夜。
澪は、
布団に入って目を閉じた。
明日の準備は、
全部終わっている。
でも――
眠れない。
(予知……)
頭の奥が、
じんわり痛む。
断片的な映像。
赤いはちまき。
転がる大玉。
人混み。
そして――
誰かの手。
(……嫌)
澪は、
ぎゅっと布団を握った。
でも、
思い出す。
「離れないから」
その言葉を。
胸の奥に、
小さな灯りがともる。
(……大丈夫)
(一人じゃない)
運動会当日。
すべてが動き出す。
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