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薙刀 瑜菜🍃💌⚓️
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おんりー!」
待ち合わせ場所に着くと、少し離れたところでおらふくんが手を振っていた。
「……お待たせ」
「全然! 俺も今来たとこ!」
おんりーは、その顔を見て、こっそり胸をなで下ろした。
ここ数日、少しだけ遠くなった気がしていた。
メッセージの回数も、通話の時間も、以前より減ってしまった。
だから今日、こうして会えたことが、思っていた以上に嬉しかった。
「で、今日は何の相談?」
「えっ」
「この前、相談したいことがあるって言ってたじゃん」
「あー……それな!」
おらふくんは、目を泳がせた。
実は、具体的な相談なんて何も用意していない。
ただ、会いたかった。
ふたりきりで、ゆっくり話したかった。
けれど、そんなことを正直に言えるわけがない。
「……その、最近ちょっと考えとることがあって」
「仕事のこと?」
「まあ……そんな感じ?」
「なにそれ。曖昧すぎない?」
「うぅ、厳しいなあ、おんりー!」
おらふくんが困ったように笑う。
その顔を見て、おんりーも思わず笑ってしまった。
ああ。
やっぱり、好きだ。
こうして隣で笑っているだけで、胸の奥があたたかくなる。
もう少しだけ、この時間が続けばいい。
そんなことを考えていたら、おらふくんがふいにこちらを向いた。
「……なあ、おんりー」
「ん?」
「今日、来てくれてありがとな」
「……別に。俺も出かけたかったし」
「そっか!」
おらふくんは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、おんりーはまた、言えない言葉を飲み込んだ。
——俺だって、会いたかったよ。
本当は、それだけでよかった。
2.突然の雨
楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
一緒にご飯を食べて、他愛もない話をして、気になっていた店をのぞいて。
ゲームの中で何度も一緒に過ごしてきたのに、画面越しではない時間は、なんだか少し違って感じられた。
おらふくんの笑い声が、すぐ隣から聞こえる。
歩く速度を合わせてくれる。
おんりーが立ち止まれば、おらふくんも立ち止まる。
そんな小さなことが、いちいち嬉しかった。
そして、帰り道。
ぽつ。
「……ん?」
おんりーが空を見上げた瞬間、頬に雨粒が落ちた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
「えっ、うそやろ!?」
おらふくんが空を見上げる。
次の瞬間、雨は一気に強くなった。
「うわぁぁ! ちょ、待って! 傘ないんやけど!?」
「天気予報見なかったの?」
「見た! 晴れやったもん!」
「……ほんと?」
「ほんまやってぇ!」
ふたりは慌てて、近くの建物の軒下へ駆け込んだ。
けれど、そこにたどり着くまでに、すっかり濡れてしまっていた。
おんりーの前髪から、ぽたりと水滴が落ちる。
シャツにも雨が染み込んで、肌寒さがじわじわと広がってきた。
「……最悪」
「ごめんな、おんりー。俺が傘持ってくればよかった……」
「いや、俺も持ってないし」
「でも、せっかくのデートやのに」
「…………え?」
おんりーが顔を上げた。
おらふくんも、言った直後に固まった。
「……い、いや! その!」
「……デート?」
「ちゃうちゃうちゃう! いや、ふたりで出かけとるし、そういう言い方もあるかなーって! ほら、友達同士でも!」
「……ふーん」
おんりーは顔をそらした。
耳が熱い。
デート。
おらふくんは、今、自分たちのことをデートと言った。
何気なく出てきただけの言葉かもしれない。
すぐに訂正されたのだから、きっとそうだ。
それでも。
嬉しいと思ってしまった。
「……おんりー?」
「なに」
「……顔、赤ない?」
「雨で濡れたから」
「雨で顔赤なるん!?」
「うるさい」
「えええ!? 俺、なんかした!?」
「してない!」
おらふくんが慌てる。
その様子がおかしくて、おんりーは少しだけ笑ってしまった。
けれど、そのとき。
強い風が吹いた。
濡れたシャツが肌に張りつく感覚に、おんりーは思わず身を縮めた。
ふと自分の服を見下ろし、はっとする。
雨で濡れた生地は、思っていた以上に色が変わっていた。
「……っ」
おんりーは慌てて腕を胸の前に寄せ、視線をそらした。
見られていないだろうか。
そう思うと、余計に落ち着かなくなった。
「……おんりー?」
「……なに」
「寒い?」
「……ちょっと」
それだけ答えると、おんりーはうつむいた。
すると、おらふくんが何かに気づいたように、ぱっと自分の上着を脱いだ。
「はい、これ!」
「……え?」
「着とき! 風邪ひいたらあかんし!」
そう言って、おらふくんは上着を差し出した。
おんりーは目を瞬かせた。
「……でも、おらふくんも濡れてるじゃん」
「俺は大丈夫! ほら、早く!」
「……ありがと」
上着を受け取り、袖を通す。
少し大きかった。
肩も、袖も、いつも自分が着ている服より余裕がある。
そして。
ふわりと、知っている香りがした。
おらふくんの香り。
αとしての彼の気配は、普段はきちんと抑えられている。
それでも、こうして近くにいると、安心するような、胸がくすぐったくなるような感覚があった。
おんりーは、上着の襟元をそっと握った。
「……おらふくん」
「ん?」
「……ありがと」
今度は、さっきよりも小さな声だった。
おらふくんは、少しだけ目を細めた。
「……うん」
本当は、もっと別のことを言いたかった。
似合ってる、とか。
そのまま着てて、とか。
自分のものを身につけているおんりーが、どうしようもなく愛おしい、とか。
けれど、そんな言葉を口にしたら、気持ちが全部こぼれてしまいそうだった。
だから、おらふくんは笑うだけにした。
3.近すぎる距離
雨は、なかなか弱まらなかった。
ふたりは軒下に並んで立ち、スマートフォンで天気を確認していた。
「うわ、あと三十分くらい降るって」
おらふくんが画面を見せてくる。
「……結構長いね」
「どないする? ここで待つ?」
「そうするしかないんじゃない?」
「せやなあ……」
会話が途切れた。
さっきまでは、あんなに自然に話せていたのに。
おらふくんの上着を着ていることが、どうにも気になってしまう。
袖口から、少しだけ指先をのぞかせる。
自分より少し大きな服。
自分のために貸してくれた服。
考えれば考えるほど、顔が熱くなった。
「……なあ、おんりー」
「っ、なに!?」
「……そんなびっくりせんでも」
「……ごめん」
「いや、ええけど……」
おらふくんは、少しだけ言いよどんだ。
「……上着、寒くない?」
「大丈夫」
「ほんま?」
「うん。あったかい」
その言葉に、おらふくんの胸が跳ねた。
あったかい。
自分の上着を着たおんりーが、そう言ってくれた。
それだけなのに、どうしようもなく嬉しかった。
「……そっか」
おらふくんは、照れ隠しのように雨のほうを向いた。
おんりーもまた、隣でうつむいていた。
ふたりとも、相手の顔をまともに見られない。
たった一枚の上着で。
たった一言で。
こんなにも気持ちが揺れるなんて。
「……おらふくん」
「ん?」
「……最近、俺のこと避けてた?」
その言葉に、おらふくんの表情が止まった。
雨音だけが、ふたりの間に響く。
「……え?」
「いや……なんか、前より通話とか、減ったから」
おんりーは、上着の袖をぎゅっと握った。
「……俺、なんかした?」
おらふくんは、すぐに答えられなかった。
避けていた。
確かに、そうだった。
好きな人がいると聞いてから、これ以上期待して傷つかないように、少し距離を置こうとしていた。
でも。
まさか、おんりーがそれを気にしていたなんて。
「……違う」
ようやく出てきた声は、思っていたよりも真剣だった。
「おんりーは、なんもしてへんよ」
「……じゃあ、なんで?」
「それは……」
言えない。
好きだから。
好きだから、これ以上近くにいたら、気持ちを隠せなくなりそうだったから。
でも、その理由を知らないおんりーには、ただ距離を置かれたようにしか見えなかったのだ。
「……ごめんな」
おらふくんは、うつむいた。
「……嫌な思いさせるつもり、なかったんよ」
その言葉に、おんりーの胸が痛んだ。
嫌な思い。
そんなつもりじゃなかったのかもしれない。
でも、自分は寂しかった。
おらふくんと話せない時間が。
何気ないメッセージが届かない夜が。
隣にいてくれた人が、少しずつ遠くなっていくことが。
「……俺は」
おんりーは、唇を結んだ。
本当は、言いたかった。
寂しかった。
もっと一緒にいたかった。
離れないでほしかった。
でも、そのどれもが、好きだという気持ちにつながってしまう。
「……俺は、ただ」
声が震えそうになって、言葉を止めた。
おらふくんが、こちらを向く。
「……ただ?」
おんりーは、顔を上げられなかった。
「……前みたいに、一緒にいたかっただけ」
沈黙。
言ってしまった。
自分から、こんなことを。
おらふくんは目を見開いたまま、動かなかった。
そして、胸の奥が、痛いほど熱くなった。
——前みたいに、一緒にいたかった。
それは、どういう意味なのだろう。
相棒として?
友達として?
それとも。
期待してはいけない。
そう思うのに、期待してしまう。
「……おんりー」
おらふくんは、そっと名前を呼んだ。
「……俺も」
おんりーの指が止まる。
「……俺も、もっと一緒におりたかった」
その言葉は、雨音に消えてしまいそうなほど小さかった。
けれど、おんりーには、はっきり聞こえた。
顔を上げる。
目が合った。
おらふくんは、少し困ったように笑っていた。
「……なんか、俺、変やな。自分から距離置いといて、こんなこと言うて」
「……ほんとだよ」
「うわ、厳しい!」
「自業自得でしょ」
「それは……そうです」
ふたりの間に、小さな笑いが戻った。
けれど今度は、さっきまでとは少し違う。
お互いの寂しさを、ほんの少しだけ知ったから。
4.「俺のこと、どう思ってる?」
雨脚が、少しずつ弱まってきた。
そろそろ帰れるかもしれない。
そう思ったとき、おらふくんが、ふいに口を開いた。
「……なあ、おんりー」
「ん?」
「この前、好きな人がおるって言うてたやん」
おんりーの心臓が、跳ねた。
「……うん」
「……今も、好きなん?」
聞かないでほしかった。
けれど、本当は。
聞いてほしかったのかもしれない。
自分の気持ちを。
ずっと隠してきた、この想いを。
「……好きだよ」
おんりーは、ゆっくり答えた。
「……ずっと、好き」
おらふくんは、視線を落とした。
やっぱり。
好きな人がいる。
それも、ずっと。
自分ではない誰かを。
そう思うと、胸が苦しくなった。
けれど、次の言葉が聞きたかった。
聞かなければ、きっとこの先も、ずっと後悔する。
「……その人って」
声が、少しだけ震えた。
「……俺の知ってる人?」
おんりーは、息を止めた。
答えられない。
だって。
目の前にいる。
自分の上着を貸してくれた人。
自分が寂しかったと言ったら、同じだったと返してくれた人。
ずっと、好きだった人。
「……知ってるよ」
おんりーは、そう答えた。
おらふくんの胸が、ぎゅっと締めつけられる。
知っている人。
ということは、仲間の誰かだろうか。
自分の知っている、別の誰か。
「……そっか」
おらふくんは、笑おうとした。
でも、うまく笑えなかった。
「……ええな、その人」
おんりーは、顔を上げた。
「……え?」
「……おんりーに、そんなふうに好きになってもらえて」
それは、本心だった。
自分がその相手だったら、どれだけ嬉しいだろう。
自分の名前を、好きな人として呼んでもらえたら。
自分と一緒にいることを、そんなふうに大切に思ってくれたら。
けれど、叶わない。
そう思っていた。
おんりーは、唇を噛んだ。
どうして。
どうして、そんなことを言うのだろう。
「……おらふくんは?」
「……え?」
「……好きな人、いるの?」
今度は、おらふくんが固まった。
雨の音が、遠くなる。
ずっと、聞きたかった質問。
ずっと、答えられなかった質問。
「……おるよ」
おらふくんは、正直に答えた。
おんりーの胸が、ひどく痛んだ。
やっぱり。
自分じゃない誰かを、好きなのだ。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「……どんな人?」
おらふくんは、しばらく考えてから答えた。
「……頑張り屋で」
おんりーの指先が、わずかに動く。
「……しっかりしとって、頼りになるのに」
おらふくんは、少し笑った。
「……自分のことになると、全然頼ってくれへん人」
おんりーは、目を見開いた。
「……あと、ほんまは優しいのに、素直やないとこもあって」
ひとつひとつの言葉が、胸に落ちてくる。
「……笑った顔が、めっちゃ好きで」
おらふくんは、そこで言葉を止めた。
目の前のおんりーを見てしまったから。
頬を赤くして、困ったように自分を見つめている。
その顔が、好きだった。
ずっと。
「……一緒におると、時間があっという間に過ぎて」
声が、少しずつ小さくなる。
「……離れると、寂しくて」
もう、止められなかった。
「……その人が、ほかの誰かを好きなんやって思うと、めっちゃ苦しくなる」
おんりーは、息を呑んだ。
それは。
それは、まるで。
自分が今まで抱えてきた気持ちと、同じだった。
「……おらふくん」
名前を呼ぶ。
おらふくんは、はっとしたように口を閉じた。
言いすぎた。
これ以上話したら、気づかれてしまう。
けれど、おんりーの目は、まっすぐこちらを見ていた。
「……その人って」
おんりーは、震える声で尋ねた。
「……もしかして」
言葉が続かない。
聞きたい。
でも、怖い。
もし違ったら。
もし、自分の勘違いだったら。
その瞬間、おらふくんが、ほんの少しだけ近づいた。
「……なあ、おんりー」
優しい声だった。
「……俺のこと、どう思ってる?」
おんりーの心臓が、大きく跳ねた。
何も言えない。
言いたいことは、ひとつしかないのに。
好きだよ。
ずっと好きだった。
あなたのことが、好きなんだ。
でも、声が出ない。
おらふくんも、答えを急かさなかった。
ただ、まっすぐに見つめていた。
その目には、いつもの明るさとは違う、少しだけ不安そうな色があった。
「……相棒として?」
問いかける声が、わずかに揺れる。
「……それとも、俺が思ってるより、特別?」
おんりーは、目を見開いた。
特別。
その言葉が、胸の奥に触れた。
もし、ここで正直に答えたら。
ふたりの関係は、変わってしまうかもしれない。
でも。
もう、これ以上、何も言わずにいるのは苦しかった。
おんりーは、上着の袖を握りしめた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……俺は」
——そのとき。
雨が、ぴたりと止んだ。
まるで、世界中がふたりの答えを待っているみたいに。
おんりーは、おらふくんを見つめたまま、次の言葉を探した。
「……俺は、おらふくんのこと——」
第3話・終。
次回、第4話「それ、俺のこと?」
あと一言。
たった一言で、ふたりの世界が変わる。
なのに、おんりーが言いかけたその瞬間、スマートフォンが鳴り響いて——。
コメント
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ああもう、心臓がうるさいです……! おらふくんが「デート」って言い間違えたところから、もうずっと胸がきゅうきゅうしてました。おんりーくんが上着を借りて、おらふくんの香りに包まれるシーン、すごく丁寧に描かれていて、こっちまで温かい気持ちになりました。それでいて、お互い「好きな人がいる」って言い合って、でもそれが自分同士だって気づきかけてるところ……もどかしいのに尊い! 最後の「俺のこと、どう思ってる?」でぶった切られるのが悔しすぎます。続きが気になって仕方ないです……!