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まだ少し暑さの残る9月中旬。
今日は土曜日で、学校がお休みのため朝からずっと映画の撮影が入っている。
物語もこの日、1日でどんどん進んで行くだろう。
『お前、誰が好きなの?』
『ベ、別に誰でもいいでしょ!』
好きな彼と2人きり、誰もいない学校の非常階段。
でもまたお互い素直になれない性格が、すれ違いを生んでいく。
『こっち、向けよ』
ぐいっとアゴを持ち上げられて、目があって、ドキッと心臓は強く音を立てる。
白羽運の表情が篠とリンクする。
ああ、すごい。
やっぱりすごい。
羽蓮の表情に影響されて、自然と言葉が出てくる感じ。
表情も感情も全部。
ありのままに出していいんだって思わせてくれる。
「はい、カットー!OKです。いいねえふたりとも」
すごく演じやすかった。ストップするのが名残惜しいくらい、まだまだ、このまま続けていたかった。
「さっきのシーンすげえ良かった」
「えっ」
隣にいた白羽蓮がぶっきら棒に言った。顔をあげるとすぐそばに彼の顔がある。
「あ、ありがと……白羽蓮も、よかったと思うよ」
「なんだよそれ」
ふわっと笑う彼。
撮影が始まってから、こんなによく笑うんだって気づいた気がする。
するとアシスタントの人から声がかかった。
「田中康平役、広瀬宋さん入られます」
私たちは視線を向ける。その人はスタジオに入ってくると、全体に向かって頭を下げた。
「田中康平役、広瀬宋です。よろしくお願いします」
今日から撮影に参加する広瀬さんは、若手実力派俳優と呼ばれる人で、俳優業の他にモデルの活動も行っている。
「西野花ちゃん、共演は初めてだよね?よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
共演は初めてだけど、スタジオですれ違ったりした時に笑顔で挨拶してくれる広瀬さん。
すらっとしていて、背が高く爽やかな笑顔がとてもよく似合っている。
初めての人と共演、楽しみだな。
「蓮くんも久しぶり、共演出来て嬉しいよ」
「相変わらずその余裕そうな表情、気に食わねぇな」
……?
なんだろう、この雰囲気。
白羽蓮と広瀕さんの間にはバチバチと火花が飛び散っている。
もしかして2人はあんまり仲良くないのかな。
そんな中、監督から撮影開始の声がかかった。
「じゃあさっそく田中くんの初登場シーン入ります。よーい、アクション」
『茉奈ちゃん、こないだ言ってたCD持って来たよ』
広瀬さんが演じる田中くんは、ふたりと同じクラスで陸上部キャプテン。
茉奈のことを密かに思っている爽やかな男の子だ。
このシーンでは私と彼が笑顔で話している時に嫉妬した篠がボールを投げて邪魔をする。
『おーわりい、わりい。手が滑ったわ』
『茉奈ちゃん大丈夫?』
──パシッ。
田中くんが茉奈に手を伸ばそうとしたその手を篠が振り払う。
『触んな』
まるで自分のものに触れるなとでも言うように、睨みつけて敵対心を出す。
このシーンの迫力は凄い。誰も2人の間に入っていけない。
「はいOKです」
すごい、私まで緊張しちゃった。
監督からOKが出ると、私はふと肩の力を抜いた。
すると広瀕さんはふっと鼻で笑い、白羽蓮に向かって煽るように言う。
「すごいね、蓮くん。まるで本当に自分のモノを取られた時みたいだったよ」
「本気で演技してるんだから当然だろ」
「俺は当て馬役だけど、本気で取りに行くから、前みたいに役を取られないように気をつけてね?」
「……分かってる」
白羽蓮はうつむいて、小さく答えた。
ふたりの空気はいつまでも重たい。
役を取られないように?
どういうことだろう。
そして去り際、広瀬さんは白羽蓮の耳元で小さく囁いた。
「俺、この配役納得してないんだ」
なに、この空気。
空気がピリッとしていて、いつもの雰囲気とは違う。
そう思っていると、広瀬さんはこっちを向き私には笑顔を見せた。
「花ちゃん、遠處なく俺に惚れていいからね」
「えっ?」
そう言って、手をヒラヒラをと振ると、彼は休憩に入ってしまった。
広瀬さんの後ろ姿をぼーっと見ていると、すぐ側にいた白羽蓮と目が合った。
「何浮かれてんだよ」
「な……っ!浮かれてないし!」
「どうだか」
何よ、それ。
テンション下がってるのかなって心配してたのに!
それから15分休憩すると、次の撮影に取り掛かることになった。次のシーンは篠のことが好きな女子達に茉奈が嫌がらせをされるシーンだ。
『何かあったら、俺に言って』
篠のことが好きな女子に嫌がらせされているところを田中くんが救う。
一足遅かった篠は自分が気づけなかったことに苛立ちを隠せない。
『何してたんだよ』
篠の不機嫌なセリフが続くはずだった。
……しかし、白羽蓮は何も言わなかった。
「カットー!セリフ飛んじゃったかな?」
「すみません」
「いいよ、いいよ。もう1回行こう」
テイク2取り直しだ。
白羽蓮の方を見ると、表情が固く、悔しさがこもった眼をしている。
「蓮くん、ちょっと表情暗いかな?」
「もう少し、嫉妬を前面に押し出してセリフいける?」
監督のダメ出しは続き、白羽蓮は休憩中、イスに座り1人うつむいている。
どうしたんだろう。
広瀬さんが来るまでは調子良かったのに。
不思議に思って白羽蓮を見ていれば、広瀕さんがこっちにやってきた。
「花ちゃん、さっきのシーンすごく良かったよ。ああいうの見ると、ますます奪いたくなっちゃうなあ……」
「えっ」
「ううん、こっちの話。それじゃあ俺は次の仕事が入ってるから行くよ」
そう言って、ひらひらと手を振る広瀕さんと帰っていく姿を見て唇をかみしめる白羽蓮。
2人の問に何があったんだろう。
「花ちゃん、どうする?この後は何もないなら送っていくけど……」
三上さんが私の肩を叩いて言う。
私の今日分のシーンは取り終わり、今撮影で残っているのは白羽蓮のシーンだけ。
帰っても良かったんだけど……。
「もう少し見ていきたいので、撮影が終わるまでここにいます」
「そっか、じゃあ仕事してるから終わったらまた呼んで」
「はい」
私は白羽蓮の演技を見ていくことにした。
三上さんがスタジオを出て行ったあと、撮影はすぐに開始された。
撮影現場の外から彼のことを見る。
『何で俺じゃないんだよ……』
すれ違いのシーン。
両想いのハズなのに、心が重ならないふたりを見るのは切ない。
はやく、気づいてほしい。
篠も茉奈も、お互い気づいてないだけで両思いであること。
私は気づけば視聴者側の立場になって撮影を見ていた。
「はい、カットー!これで今日の撮影は終わります」
演技を終えた白羽蓮がセットから離れ、私の方へ近づいてくる。
「なんだ、見てたのか」
「うん、お疲れ様。演技の勉強もしたかったし……」
「今日は見せられるような演技出来てねえな」
「そんなことないよ、見てるこっちまでドキドキしちゃったし」
私の言葉に白羽蓮は気を抜いたように笑う。
でも、やっぱりまだ表情がいつもと違う。
しばらく沈黙した後、彼は言った。
「ちょっとスタジオの1階で休憩してかねえ?」
「えっ、うん、いいけど……」
私たちは、バックルームに荷物を取りに戻ると、スタジオの1階にあるカフェに向かった。
対面で座って、飲みものを手に、ほっとひと息つく。
ここでなら聞けそうかもしれない。
「あのさ、白羽蓮って広瀕さんと共演したことあるの?」
教えてくれるかは分からないけれど、聞いてみたいと思った。
すると、彼は静かに答えた。
「ああ。2年前に1度、舞台で共演したよ。あの時は、全部あの人に持ってかれたけどな」
「持ってかれた?」
「見せ場も主役も魅力も全部、アイツに奪われたんだよ」
「えっ」
すると、白羽蓮は遠くを見つめながらはなし始めた。
「舞台で共演した時、マネージャーからは気を付けろって言われてたんだ。広瀬宋は役者を食う役者だからって」
役者を食う役者……。
聞いたことがある。
主役の役割を奪い、自分の見せ場にしてしまう役者がいるってこと。
それはいい意味でも悪い意味でも使われる。
「俺は見事にアイツに取られた。主人公がー番カッコよかったと思わせなくちゃいけない舞台で大多数のお客さんが広瀬が1番カッコよかったと思わせちまった」
大事なことだ。
主役をー番に見せるため、脚本の人だってしっかり見せ場を作っている。
それでも舞台なんかは特に、誰を見るかで魅力が全然変わってしまう。
引き込まれてしまえば一瞬。
そちらに目を取られれば、お客さんは心変わりしてしまう。
「その時に初めて圧倒的な力の差を感じさせられたよ。このままじゃダメなんだって、強く思った」
そうか、だから今回の広瀬さんとの共演は彼にとって試練みたいなものだったんだ。
白羽蓮にも挫折の経験があったんだ。
ずっとキラキラした世界で生きてきた人なんだって思ってた。
「俺を主役に選んでくれたのに散々な結果見せてしまった。もう2度とみっともない姿を見せないって俺はあの時に誓ったんだ」
白羽蓮のこと、知れば知るほど演技には真剣で、真摯に芝居に向き合っていて、すごく真面目な人なんだなって思う。
「まあ今日は完全に俺が押し負けちまったけどな……今度は絶対に取られたりしない」
白羽蓮は力強く手を握り、真っ直ぐに私を見つめて言った。
「お前の視線は全部俺で独占してやる」
──ドキッ。
真剣な眼差し。
役の中でのことなのに、自分が言われたかと思ってしまった。
鼓動は強く私の胸を叩いている。
役者の数があるほど、人が歩んできた道というのが存在する。
その人がキラキラしていられるのは、苦しいことも乗り越えてきたからだということ。
「頑張ろうね」
「おう……!」
私たちは誓った。この作品を最高の作品にすると──。
そして翌日。
今日も朝から午後まで撮影が入っている。
朝一番にきて、現場近くの控え室で準備をしているとノックの音が聞こえた。
誰だろう?
ドアを開けると、向こう側にいたのは広瀬さんだった。
「ゴメンね、朝早くに。花ちゃんが来てるのが見えたから来ちゃった」
「広瀬さん……」
「少しどうかな?セリフ合わせ」
撮影までもう少しだけ時間がある。
「いいですね」
広瀬さんとソファーに座りながら、セリフ合わせをしてると彼は不意に言った。
「実はさ俺、ずっと花ちゃんと共演してみたいって思ってたんだよね」
「本当ですか!?」
「うん、小さい頃からずっと花ちゃんは俺にとってどこか目を惹く存在だったからさ」
「え、嬉しいです」
広瀬さんみたいなキラキラした人が自分を見ていてくれているなんて思いもしなかった。
「今回ライバル役なのは少し残念だけど俺、本気で狙うから」
「狙う?」
「そっ、茉奈ちゃんに惚れてもらえるように頑張るってこと」
広瀬宗は主役を奪う役者。
その時、私はその言葉がフラッシュバックした。
広瀬さんは本気だ。
今回も白羽蓮の役を取りに来ている。
でも、きっと白羽蓮だって負けないようにするはずだ。
「私も負けないように頑張ります!」
そうやって意気込んでいると、広瀬さんは言う。
「っていうかさ、ふたつしか歳変わらないのにさん付けなんてしなくていいよ。もっと気軽に呼んでよ」
「そういうわけには……」
「じゃあせめてくん付けにして?」
「じゃあ……広瀬、くん?」
「そうそう」
広瀬くんは人との距離を詰めるのが上手いな……。
自然に人の心に入りこんで打ち解けてしまう。
「じゃあ、これ、俺の蓮絡先。何かあった時に便利でしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
連絡先もらっちゃった……。
共演した人と連絡先交換するのは初めてかも。
「じゃあまた後でね」
広瀬さんはひらひらと手を振りながら、私の楽屋を出ていった。
そして撮影の時間。
今日はいよいよ広瀬くんと白羽蓮のふたりの勝負が始まる。
設定はマラソン大会で、茉奈をかけての2人の戦いが巻き起こされる。
外での撮影がメインになるのは初めてだ。
体育着に着替えて、外に出ると、マラソンコースの確認を監督も含め、みんなで行った。
「ここが茉奈が倒れるところになりますので」
「はい」
この暑さの中、本気で走ることになるけれど、大丈夫かな?
「では撮影、スタートしていきます」
スタートの合図で広瀬くんと、白羽蓮が指定の場所につく。
「よーいスタート」
エキストラの子も含めて、一斉にスタートにする。
バチバチと火花を散らす、篠と田中くん。一方、茉奈はだんだんと具合が悪くなり、人の邪魔にならないように脇に逸れてうずくまっていた。
そんな時。
『お前っ……何してんだよ』
後からスタートした篠が茉奈に追いつき、助けるシーンだ。
『大丈夫だから篠は戻って』
『バーカ、俺が助けないで誰が助けんだよ』
篠はコースから外れて、茉奈を抱き上げると近くの医務室まで運ぶ。
ロスタイムが出来てしまった。
『篠が1位じゃないと嫌なの……』
初めて、茉奈が本音を伝えた。
泣きそうになりながら必死に伝えた気持ち。
茉奈の気持ちを聞いて、白羽蓮がスイッチを入れた。
『絶対に負けない』
レースに戻った篠。
そしてゴールの瞬間が近づいていく。
1番にカーブを曲がって来たのは田中くんの姿だった。
篠じゃない……彼は負けてしまうかもしれない。
そう思った瞬間、彼はものすごいスピードで追いついてきた。
走って走って、走って……そして先にゴールテープを切ったのは篠だった。
わあっと周りが盛り上がる。
その時。
「はい、カットー!」
監督からのOKが出た。
「チェック入ります」
息を切らしたまま、広瀬さんと白羽蓮がテントの中で横になる。
三上さんと東堂さんも監督と一緒にモニターチェックしていた。
「すごい戦いになってるな~。広瀬くんが入ってきて気持ちが入ってるんだろうね」
「まぁ……それだけじゃなくて、うちの蓮と広瀬宋はちょっと色々あったからな」
「じゃあ俺は先に戻るよ」
「蓮くんに声かけなくていいのか?」
「ああ、今自分で雰囲気作り出来てるから変に声かけない方がいいだろうな」
東堂さん、白羽蓮のこと凄く信用しているんだな……。
すると三上さんが私の肩を叩いた。
「花ちゃん、この後は2時間くらい休憩してから雑誌の撮影だけどどこにいる?」
「ここの控室にいます」
「分かった、じゃあ2時間後に迎えに行くよ」
少しでもこの場の時間を共有してたくて、私は近くのコンビニで昼食を買うと、控え室と書かれた部屋に入った。
ひとり、椅子に座り昼食のサンドイッチを袋から出していると、コンコンとノックの音が聞こえてくる。
「どうぞ」
私の言葉に広瀕くんがドアから顔を覗かせた。
「花ちゃんもいたんだ!」
「はい、まだ少し時間があるので台本読みしようと思ってて……」
「俺も。15分くらい時間があるからここで休んでいくつもりだよ」
広瀬くんは近くのイスに腰掛ける。
「今日はクタクタですよね?お茶、今出しますね」
冷蔵庫から冷たいお茶をとり出そうとした瞬間、横に積まれていた本や書類がぐらっと傾いた。
「危ない!」
広瀬さんの声が部屋に響く中、私めがけて落ちてくる。
とっさにぎゅっと目をつぶると、書類は全て私を避けて床ヘと散らばった。
あれ、痛くない。
そう思って目を開けると私を守るように広浦くんが盾になってくれた。
「大丈夫!?花ちゃん」
「私は平気です。それより広瀬くんは……」
「ああ、大丈夫だよ」
俳優さんの、特に顔に傷をつけたら大変なことになる。
重たい本が当たらなくて本当に良かった。
ほっと肩を撫でて下ろした時。
──ガチャ。
突然、楽屋の扉が開いた。
えっ。
「お前ら……何してんの」
そこに立っていたのは白羽蓮だった。
み、見られた……!?
別にいいんだけど、これを見られたってことは何か勘違いされるんじゃ……。
「入る前にノックくらいしてくれよ」
「……もう俺しかいないって言われたんだよ」
ピリピリとした雰囲気。さっきは柔らかい空気だったのに、今はお互い睨み合っていて、今から勝負でも始まりそうなくらいだ。
でもなんでこんなタイミングで……。
「で、何してたわけ?」
白羽蓮の言葉に弁解しようと、口を開いた私。
しかし、それよりも先に広瀬くんが言った。
「見て分かんない?キミの想像通りだよ」
って、それじゃあ変な誤解を生むじゃん……!
「あ、あのね!白羽蓮これは……」
「大事な作品の主演だって言うのに、浮かれていい身分だな」
「なっ……」
だから違うって言ってるのに!否定しようとするが白羽蓮は聞こうともしなかった。
「気分悪いから、帰るわ」
「ちょっと待っ……」
白羽蓮は広瀬くんのことを睨んだ後、そのまま楽屋から去っていってしまった。
ガチャ、とドアの閉まる音が部屋に響き渡る。
な、なんなのよ。あの態度……!
「彼のあれ……気にしない方がいいよ」
「そうですよね……」
「俺もそろそろ次の撮影があるから失礼するよ。また明日ね、花ちゃん」
そう言うと、広瀬くんは笑顔で手を振って去っていった。
翌日。
昨日は私が残っていたせいで、けっきょく白羽蓮とは険悪なまま終わってしまった。
あれ以来、白羽蓮はどこで休憩をしたのは戻って来なかったし、演技に入る時も私の顔を一切見ずにひとりのシーンに映っていった。
今日の撮影は篠と茉奈の想いが伝わるところまで進む。
そしてそこには抱きしめるシーンもあって、朝から落ち着かない。
現場の人に挨拶をして中に入ると、すぐに白羽蓮と目が合った。
しかし、ふいっと目を逸らされてしまった。
まだ怒ってるっていうの?
この気まずい気持ちを残したまま、撮影に行くのはよくない気がする。
なんとかして白羽蓮と話が出来ないかと、機会をうかがっていたけれどけっきょく私たちは、一言も会話することなく撮影に挑むことになってしまった。
片思いだと思っていたところから両想いであることに気づく展開。
ずっと我慢していた気持ちが溢れだす大事なシーン。
しかし……演技をしていても白羽蓮と目が合わない。
どうしてこっちを向いてくれないの?
大事なシーンなのに、目を合わせないなんて……。
すると、監督も同じことを思ったのか監督はストップをかけた。
『傷つけて、ごめん……』
「はい、カット!蓮くん、大事なシーンなのにぎこちないかな。蓮くんの方で気持ちを盛り上げて織細な演技を見せてほしいんだ」
「はい……」
白羽蓮、やっぱり元気がないな。
でも、この大事なシーンに妥協は出来ない。監督も、力を入れている。私たちはそれに答えなきゃいけない。
「ではもう1回、スタートします」
もうー度、同じところから、2回目の撮影。
しかし監督のストップがかかる。
「蓮くん、もっと花ちゃんの方見てあげて」
「すみません……」
「ちょっと調子悪いみたいだから、休憩しようか」
元気なく返事をする白羽蓮は撮影場所の隅で珍しく頭をかかえている。
「じゃあ、先にパートC行きます!」
監督は先に別の人の撮影シーンを撮り始める。
それを見兼ねた白羽蓮はスタジオを退出した。
追いかけなきゃ。
白羽蓮を追って外に出ると、彼は近くのベンチに腰をかけていた。
「白羽蓮、あの……っ」
「来んな。自分で立て直す」
私のことをー切見ることなく言い捨てた時、私の横を広瀬さんがするっと通り抜けた。
彼はゆっくりと白羽蓮の前にやって来て吐き捨てる。
「ずいぶん自分勝手な演技だな。全然主役に寄り添ってない。このレベルの演技なら他の人でも出来る」
「……っ」
白羽蓮がぐっと歯を食いしばる。
「何にイラついているか、おおかた予想は出来るけど、ー人でイラついて演技が出来なくなるのはプロとしてどうかと思う」
厳しい言葉だった。
白羽蓮はこぶしに力を入れるだけで何も言わない。
「大事な見せ場があの程度の演技なら俺がやった方が良かったな。俺ならもっと上手く出来る」
白羽蓮は悔しそうな表情を浮かべると、広瀬くんを睨みつけた。
「前回役をぶんどってやった時、悔しそうにしてたお前を見て、次はライバルとして張り合えるんじゃないかと思った。でも、見込み違いだったよ」
最後に広瀕くんはそう言い放つと、その場から去って行った。
広瀬くんはきっと、本当は白羽蓮に期待していたんだ。
今の私に出来ること……それは……。
「あのね、白羽蓮」
「…………」
「私は、演技する時、ずっとひとりだった」
ひとりにしてくれと言った彼。
でも彼は私が悩んでいる時に声をかけてくれた。
自分に頼れと言ってくれたんだ。
だったら白羽蓮が落ちている時、私に頼ってくれたっていいはずだ。
「小さい頃からひとりでなんでも出来る女優になりなさいって言われて育って来たの」
不安がある時、上手く出来ない時。
一人きりになって答えを出した。
その時間はとても苦しくて辛い時間だった。
だけど白羽蓮は違った。
「白羽蓮にみんなでー緒に作っていこうって言われた時、演じることって一人じゃないだって分かって、すごく嬉しかった」
誰かに頼ってもいいんだ。
分からなくなったら分からないと伝えてもいんだ。
そうやって教えてくれて心が救われたんだ。
彼がゆっくりと顔をあげる。だから私はその視線を逃さぬよう捕え、しっかりと伝えた。
「だからね、私だって白羽蓮の相談に乗る権利があると思うの!」
何を言われても引き返してあげない。
一人にさせてあげないんだから。
「……お前、やっぱり変わってんな」
彼は小さく笑った。
「……悪かった。広瀬の言う通り、俺もまだまだだ。自分と役の切り替えが出来なかった」
少しの沈黙。
でもさっきのピリついた雰囲気とはちがう。
「心の中、モヤモヤして自分の演技が出来なかったんだ」
「モヤモヤ?どうして……?」
「西野が広瀬と仲良くしてんのが嫌だった」
私はその場に固まった。
子どもみたい拗ねて嫌だって伝えてくる彼にドキンドキンと心臓が動き出す。
「あ~~スッキリした。次のシーン全力でいく。気持ちを全部こめるから。見てろよ、俺の最大限を」
「ちょ、どういうこと?」
私は意味が分かってないんだけど……。
結局、何を言いたかったのか分からないまま、私たちはスタジオに戻ることになった。
しかし、私も白羽蓮も心はスッキリしている。
スタジオではちょうど茉奈の友達、美鈴ちゃん役の子がシーンを取り終えたところだった。
「蓮くん行けそう?」
「はい、ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です」
表情を見る限りさっきとは違う。きっと大丈夫だよね!
彼の一言により、撮影は再開された。
『なあ、そろそろ気付けよ』
篠の拗ねた顔。そっぽを向きながら顔をほんのり赤らめて言う。
本当は好きな人に、こんな姿見せたくない。
でも、彼女を前にすると余裕が無くなる。
ああ、篠だ。本当の篠がここにいる。
篠は茉奈に1歩近づいて、真剣な瞳で見つめる。
そしてドキドキが加速する。
彼を見上げた瞬間。
『好きだ』
真っ直ぐな言葉が降ってきた。
からかってるわけでも、冗談で言ってるわけでもなくて「本気」の表情。
どんなに望んでも、その言葉を言われることなんてー生無いと思ってた。
何度も何度も諦めようとして、出来なくて、悲しい気持ちなった。
でも今は……嬉しくて……思わず涙が溢れる。
ああ、好きだ。篠のことが。やっと、やっと伝わったんだ。
すると、白羽蓮が私の頬に手を伸ばした。
アドリブだ。
本当はここでカットがかかるはずなのに、かからない。
続行の合図だ。
『何泣いてんだよ』
『だって篠、私の事嫌いなんだって……』
『嫌いなわけなだろ』
長い長い片思い。
ずっと、何度も言われて来た嫌いという言葉。
今度はその逆の言葉を篠が茉奈に言った。
包まれた彼の匂いの中で、耳元で優しくささやく「すき」という言葉がくすぐる。
茉奈もずっと秘めていた思いをこめて、ぎゅっと彼に抱きついた。
私の好きって気持ちが伝わればいいのに。
「カット!」
監督の声がかかり、ふっと我に返った。
「はぁ……っ」
私……途中から本当に茉奈になった気持ちでいた。
我を忘れて泣いてしまうなんて、こんなの初めてだ。ぽろぽろと落ちる涙が止まらない。
「これ使えよ」
そう言って白羽蓮はハンカチを貸してくれた。
「あり、がと」
涙を拭いていると、監督が感動したように言う。
「やっぱり見込んだ通りだ。止めたくなくてカットかけなかったのは久しぶりだよ。2人の新しいー面が見れて満足だなあ」
「ありがとうございます」
私も白羽蓮も私たちの成長にかけてくれた監督に丁寧にお礼を言った。
今日の撮影は終了。
後残っているシーンは少しだけ。
寂しいな……ずっと続けたいって思っちゃうけど、いつか終わりは来るんだよね。
私は一人楽屋に戻ると、ほっと肩を撫で下ろした。
落ち着いた場所にいても、まだ目の前にステージがあるように見えたり、セリフが聞こえてきたりする。ふわふわ浮いた不思議な気持ちだ。
「ふふっ、初めての感覚に戸惑った?」
すると後ろで私の様子を見ていた三上さんが言った。
「あ、はい……なんだかすごく余韻が」
「でも良かったよ、初めて見た。花ちゃんのあんな表情」
何もかも初めてだった。
あんなに役に入り込んでしまうのも、気持ちごと持っていかれてしまうのも。自分がこんなになることは、今までー度もなかった。
「こうしようって決めてやる演技よりも、気づいたら体が動いてしまって、心も支配されるそんな体験でした」
「ふふっ、そこまでたどり着くまでみんな苦労するんだ。それなのに、よく頑張ったね花ちゃん」
「三上さん……ありがとうございます」
私を信じてくれて。
私をもう一度立ち直らせてくれた。
「もっとやれるよ。どこまで成長するんだって思うくらい、驚く姿をたくさん見せてね」
「はい……」
きっとやれる。
だって私、今回の作品で成長出来た気がしてるから。