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第4章:気づかれたかもしれない朝と、それでも
翌朝、木兎の家を出る前に、ふたりで並んでパンを食べていた。
特別なことは何もない。けれど、赤葦はどこか満たされたような気持ちでいた。
昨夜の木兎の言葉――
「一番、大事な人っす!」
それを思い出すだけで、胸がすこしだけ、あたたかくなる。
「赤葦、今日さ……学校、別々に行く?」
「……行きましょうか」
「そっか、そだよな〜」
木兎は、パンの耳を噛みながら口を尖らせた。
「でも……俺は堂々と歩きたいぞ〜。赤葦と並んで、さ」
「それは……いつか、ですね」
「いつか?」
「うん。ちゃんと、“隠す必要がなくなる日”が来たら」
「……それって、いつ?」
「……分かりません。でも、来ると信じてます」
木兎は、それを聞いて、ゆっくりと笑った。
「信じるわ。赤葦の言うこと、信じるのが一番間違いないしな!」
***
その日、学校の昼休み。
バレー部の数人と一緒に購買のパンを囲みながら食べていたときのこと。
「なあ、最近木兎さんって、なんか……落ち着いたよな?」
「え?どこが?」
「前よりこう……“テンションが安定してる”っていうか。なんつーか、機嫌いいっていうか……」
「たしかに。前は“木兎サイクル”って言われるくらい上下してたのに、最近“ずっと元気”じゃね?」
「やっぱアレじゃね?赤葦とコンビ安定してきたからじゃね?」
「というかさ〜……最近、あの二人、ちょっと“近すぎ”ね?」
その言葉に、赤葦の手がぴたりと止まった。
フォークで刺しかけたメロンパンの一切れが、宙に浮いたまま。
「いやいや、まさか……って思うけど、たまーにさ、木兎さんが赤葦のこと“赤葦〜〜!!”って言うとき、ちょっとこう……甘くね?」
「え、甘いって何?先輩後輩の壁どこ行った?みたいな?」
「そうそう!なんか、彼女見るみたいな目してるっていうか……」
「お前それ言いすぎだろw」
「いやでも、あれ本気で赤葦のこと好きだったらどうする?」
「ははっ、ないない。赤葦だってそんなそぶりないし」
「だよなー」
赤葦は、黙って聞いていた。
目を伏せながら、パンを一口だけ噛んだ。
――“ああ、やっぱり、気づく人は気づくんだ”
でも、不思議と怖くなかった。
否定も肯定もしなかったけれど、自分の中で何かが少しずつ変わっていた。
***
放課後、部活のあと。
体育館の裏手、倉庫の隅で、木兎が声を潜めて言う。
「……なあ、今日、なんか変だった?」
「はい。ちょっとだけ、気づかれかけました」
「マジで!?」
「でも、大丈夫です。まだ“決定打”ではありません」
「うわ~~やっぱ俺が昨日、あんなでっかい声で『一番大事な人』とか言ったからかも……」
「……まあ、昨日だけじゃないですけどね。毎日なんか言ってます」
「ひぃぃぃ!俺のバカーーー!」
赤葦は、そんな木兎を見て、笑った。
心から、少しだけ安心した顔で。
「……でも、少しだけ、気が楽になりました」
「え?」
「隠し通すことがすべてじゃないって、思えてきたんです。木兎さんと話してから。……それに、たとえバレても」
「……?」
「僕たちの関係が崩れるわけじゃないって、思えたから」
「……赤葦ぃぃぃぃ!!!」
「抱きつかないでください。倉庫の裏です。ホコリまみれです」
「うっ……でも、抱きしめたい……!」
「……10秒だけですよ」
「マジ!?10秒もいいの!?!?!」
「静かに。誰か来たらアウトです」
「わ、わかった……」
木兎の腕の中で、赤葦はふっと息を吐いた。
誰にも気づかれないように、でも確かにそこにあるふたりの気持ち。
それが、これから先も続いていくことを――信じられた。