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待ち合わせの駅前に到着すると、三浦さんに声をかけた部下の横に、見慣れた人物が立っていて、やって来た私たちに向かって、親しげに片手をあげる。
「高田さん、お久しぶりです」
「津久野課長……」
厄介な人物を目の前にしたことで、思わず私の足が止まると、部下はすかさずこちらにやって来て三浦さんの腕を掴み、私から引き離した。
「若者同士はコッチに行きますので、津久野課長は高田さんと楽しんでくださいね!」
「ちょっと!」
大事な後輩を守らなければならないと思った矢先に、部下に素早く行動されたせいで、彼女を掴みかけた腕が空を切る。しかも――。
「先輩、私は大丈夫ですから、そっちはそっちで頑張ってくださいね~」
タイプだと豪語していた相手に連れ去られた後輩は、ラッキーをものにすべく部下の腕に寄り添い、その場から立ち去ってしまった。
「高田さん、俺たちも行きましょうか」
いつの間にか津久野課長が、私の隣に移動する。自動的に逃げられない状況に追い込まれ、愕然としてしまった。
「高田さん、この間お渡ししたお菓子、気に入りませんでしたか?」
逢ったときにお礼を言わなければならないことを、相手に告げられたことに、しまったと思わずにはいられない。
「あ、ぁあのっ……ありがとうございました。美味しくいただきました」
「本当はもっと会話を楽しんでから渡したかったんですけど、あの日は約束の時間が迫っていてね。押しつける形で渡してしまって、申し訳ないと思ったんだ」
「そうなんですね」
あのときは、申し訳なさそうなカケラがなかったことを、ハッキリと覚えていたものの、余計なことを言って会話がはずんだりしたら、相手の思う壺だと思い、あえて口を引き結ぶ。
「だからお詫びを兼ねたいと部下に相談したら、今日逢うっていうのを聞いてね。ついて来てしまいました」
津久野課長は私の利き手をとり、少しだけ力を込めて引っ張る。
「レストランを予約したって言いたいところなんだけど、週末だからか、どこもとれなくて。なので、俺の行きつけの店にご案内します」
「すみません、私――」
「一目惚れなんですよ、高田さん」
私を掴んでいる津久野課長の手に、熱がこもったのが伝わった。それに視線を落としてから、すぐそばにいる彼を無言で見つめる。
「この年齢で一目惚れなんて、するとは思わなくて。それを隠すために、高田さんに失礼な態度をとってしまったんです」
「いきなり名前を聞かれても、知らない相手に教えるわけがないのに」
出会いがしらのことを口にしたら、津久野課長は済まなそうな顔で私を見下ろす。
「アナタのことが知りたかった。それと同時に、俺のことを知ってほしかったんだ」
言いながら掴んでいる私の手を、両手で包み込む。
「津久野課長……」
「高田さんのことが、本気で好きなんです。最初の失礼な態度を挽回させてください!」
お願いしますという言葉とともに、手を強く握りしめられながら頭を深く下げられたことで、すっかり参ってしまった私。彼が計画的に私に近づいたことを知らずに交際し、結婚してしまったのである。