テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
頑張れ!
『――でね、二人でアルバム見てたら恵介伯父さんの話になったみたいで……』
「ああ……」
そんな大葉のてんやわんやな心情などお構いなしに七味が言葉を続ける。
実際大葉自身、柚子が羽理にアルバムを見せたという話を聞いた時点で、何となくそうなっているんじゃなかろうかと予測はついていた。だが、ハッキリと言葉にされるとくるものがあるなと思って……。
「なぁ、それってやっぱ……恵介伯父さんが土恵の社長だってこと――」
『ごめんね、バレちゃったみたい』
口止めしていたわけではない。話の流れからそうなっても不思議じゃないよな、と頭を抱えたくなった大葉だったのだが、そこで怒り出す前の羽理から問い掛けられた文言を思い出して、ハッとした。確か羽理は、自分が今日〝社長に何を話しに行ったのか〟を知りたがってやしなかったか?
「あー、くそっ! マジか……!」
まさか自分が社長の身内だと羽理に知られているだなんて露ほども思っていなかったから、見合いのことは敢えて伝えなくてもいいと思っていた。だけど……社長が自分の伯父だと知られていたというなら話は別だ。
「なぁ、羽理のやつ……ひょっとして俺に伯父さんから見合い話がきてたこと――」
『うん。柚子がうっかり話しちゃったみたいなの。ごめんねって貴方に伝えて欲しいって……さっきメッセがきたのよ』
七味の話によれば、柚子はお冠な羽理の手前、そのことを大葉に電話するのが難しい状態なんだとか。
でも、羽理と大葉がこうなったのは自分のせいだという自覚はあるらしく、少しでも早く弟にこうなった原因を話して、羽理との間に生じた綻びを修繕して欲しいらしい。
そんな柚子が苦肉の策で思い付いたのが、察しが良くて頼り甲斐のある姉――七味――のことだったのだ。
『たいちゃんの彼女さんの目を盗んで大急ぎで送ってきたのかしらね? 要点だけ掻い摘んだ物凄く端的なメールだったから私にも詳しいことはよく分からないんだけど』
そう前置きしてから七味が窺うように続けてきた。
『ひょっとしてたいちゃん、彼女……羽理さんだっけ? その子にお見合いを打診されてること、全く話してなかったの?』
七味の声音に、どことなく非難するような響きを感じて、大葉はちょっとだけそれを肯定するのを躊躇って。
「……そ、その……ど、どうせ断るつもりだったし、下手なこと言って、羽理に要らん心配を掛けたくなかったんだ。だから――」
情けなくもしどろもどろでそう返したら、『言い訳しないの!』と即座に叱られてしまった。
『ねぇ、大葉。羽理さんはもうそのことを知ってるのよ? 合理的な貴方のことだから、それならわざわざ告げなくても、とか思っちゃうかも知れないけど……貴方の口からちゃんと話すことが大事なの。その上で、最初から見合い話なんて受ける気がなかったこともきっちり伝える! それが誠意をみせるってことなのよ? 分かった?』
七味に諭されたからではないが、羽理のあの言動からしても、自分からきちんと伝えることは必要なことだと思えた。大葉が素直に「分かった」とうなずいたら、電話先の七味がホッとしたように吐息を落として……。ややして『それから』と続ける。
『――それから、こんなことは付け加えるまでもないと思うけど……何故今日になって貴方が正式にお見合いを断りに行ったのか、その理由もしっかり話してあげなさいね? きっと羽理さんは貴方からの嘘偽りのない真摯な言葉を待ってるはずよ?』
本当にその通りだ。
何もかもを話したわけじゃないのに、七味は全てを俯瞰したみたいに的確なアドバイスをくれる。
本当のところ、恐らくそれをしないことには羽理に「心配しなくていい」と伝えても意味がないはずなのだ。
『頑張りなさい! たいちゃんなら絶対大丈夫! お姉ちゃんが太鼓判捺してあげる』
「ありがとう、七味」
七味からの叱咤激励に、大葉は手にしたスマートフォンをギュッと握りしめた。もしもこれが、今回の原因の一端を担った柚子からの言葉だったなら、こんな風に素直には首肯できなかったかも知れないな? そんなことを思いながら。
***
七味の話によると、あの後たまたま(?)うちの母親――屋久蓑果恵――が有給消化のために早く帰宅したとかで、柚子も羽理も実家へ引き留められているらしい。
(ってことは俺の車もまだ実家か)
どうなっているのか聞きそびれて気になっていた愛犬キュウリは、大葉のマンションで留守番をしているとのことだった。
今日は幸い現場仕事をしていないので、シャワーを浴びる必要もない。
大葉は急いで帰宅するなりキュウリにご飯を与えると、散歩がてら愛犬と一緒に徒歩で実家へ向かうことにした。
柚子はダメかも知れないので、母親に羽理を引き留めておいて欲しいとメッセージしたら、『任せといて!』という文言とともに、ものすごぉーくニマニマした表情のハチワレ猫スタンプが送られてきた。
この感じ。絶対恵介伯父が大好きな妹へ『たいちゃん、結婚を前提に付き合っている女性がいるぞ?』とか何とか報告をしやがったな? と思って。こうなると、母親がたまたま早く帰って来たというのも妖しいこと極まりない。
大葉は小さく吐息を落とすと、ご飯を食べ終えて大葉をじっと見上げてくるキュウリに、お散歩用のハーネスとリードを取り付けた。
ピンク地の布に同色のフリルと、天使の羽根が付いたハーネスは、このところ羽理に感け過ぎてちょっぴりおざなりにしてしまっていた愛犬のために、先日通販で取り寄せたばかりの品だ。
それに、セットで売られていたピンクのリードを付けてから、
「ウリちゃん、パパを応援してくだちゃいね?」
短くて太目な愛犬の足をキュッと握って勇気をもらった大葉は、結局今日一日着たまま過ごしたスーツ姿で家を出た。
七味から、真摯な態度で羽理に向き合うように言われた大葉は、気持ちを引き締めるためにもこのままの格好の方がいいと思ったのだ。