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輝夜は再び地面を蹴る。それと同時にナディが圧縮した空気の弾丸を放つ。
死霊王は片手で空気の弾丸を払い落とすと同時に、もう片方の手を前にかざし、広範囲に炎を撒き散らす。
輝夜は炎の目の前で体をひねると、弧を描くようにして背後に回り込んでナイフを突き出す。
辛うじて反応した死霊王が後ろを振り返るも、すでに刃先が死霊王の頭骨を捉える。
ナイフは壊れることはなく、死霊王の頭骨に小さな傷が付く。
だめ押しに銃口を向けて三発の弾丸を撃ち出すも、頭蓋骨に当たった弾は火花を散らして明後日の方向に飛んでいく。
「強化しないと抜けないか」
ブーストで一度に強化できるのは一つだけ。ブーストを複数同時に発動することも可能だが、ブーストを重ね掛けするブーストスクエアは、ブースト単体と比べて十倍の魔力を消耗する。三重にブーストを重ねようものなら、さらにその十倍の魔力が必要になる。よって、輝夜の魔力では二つ維持するのが限界。
そして身体強化の方にブーストを使っているため、銃の威力を上げることはできない。
「まぁ、こっちがあれば十分……」
拳銃をホルスターにしまい、雑に扱っても刃こぼれ一つないナイフを見てそう言う輝夜。しかし、柄の方に負担がかかったためか、刃元が少しぐらついている。
「いや、こっちもあまり保たないかも」
ナイフが壊れる前に決着を着けたい。
死霊王が指を鳴らすと、壁や床から無数のゴーストが姿を現す。
「そういう事もできるんだ」
輝夜はゴーストに向けて銃を撃つが、ゴーストに実体はなく、弾はゴーストの体をすり抜ける。
「ナディ」
『わかってるわよ』
ナディは自身の魔力を直接刃にして飛ばしてゴーストを両断していく。
輝夜は露払いをナディに任せて、死霊王に斬りかかる。
手にしたナイフを首目掛けて一閃。
対する死霊王は完全な無防備、棒立ちしたまま回避行動すら取ろうとしない。
舐められていると感じた輝夜は、眉をしかめながらもそのまま刃を振り抜く。
しかし、その刃が死霊王に届くことはなかった。
人差し指と親指で刀身の面を掴んで斬撃の勢いを完全に消す死霊王。
「……生前は曲芸師だった?」
死霊王の足が勢いよく振り抜かれ、輝夜の身体を木葉のように弾き飛ばす。さらに追撃とばかりに火の球、岩の礫、氷の槍を放つ。
弾かれる勢いのままに飛ばされる輝夜は、その勢いを利用して壁に足を伸ばし、反動を利用して天井へ跳んで追撃を避ける。
そして天井がひび割れる程の強さで蹴り、死霊王にナイフを突き立てるように落下する。
ブーストスクエアによる身体強化による踏み込みと、そこに重力による加速が乗った一撃は、ガリガリと音を立てながら死霊王の頬骨を削る。
「このまま頬骨をえぐり取ってやる」
両足を死霊王の肩に乗せてナイフに体重をかけていく。頬骨の辺りに亀裂が生じる。
このまま押しきれる――そう思った矢先、死霊王の目の奥が光る。
輝夜は嫌な予感がし、置き土産を残してその場から飛び退く。直後、死霊王の全身から炎が噴き出す。
「ナディ!」
ナディは片手を死霊王に向けて指を鳴らす。圧縮された空気の壁が死霊王の全方位を包む。身体から噴き出す炎は壁によって遮断される。そして数秒後に壁の内側で大爆発が起こる。
死霊王から飛び退く間際に置いてきた手榴弾のものである。
「倒せてるとまでは言わないけど、多少は効いてる……あっ」
刃先を持ってぐらつきを確認していると、柄から刀身が抜ける。
刃のみとなったそれを手に持ったまま、輝夜は固まる。
「取れちゃった」
『代わりのナイフ、あと一本しかないわよ』
ゴーストをすべて処理したナディが、輝夜の肩に止まってそう言う。
「どうせ壊れるからいらないよ」
輝夜は柄から取れた刀身をホルダーに納める。
「さて……」
爆煙の中、空気の壁を破って出てくる死霊王。身に纏っているスーツはボロきれ同然で、露出している骨も傷だらけである。
「どうしたものか」
顎に人差し指を添えて、少し考える。
素の身体能力では死霊王とまともにやりあうのは危険だが、その死霊王も満身創痍。少しの間なら素の身体能力でも問題ないだろう。
「よし……ブーストスクエア」
輝夜は身体強化に回していたブーストを解除し、拳銃の強化に回し、銃口を死霊王に向けて引き金を引く。
音速に近い弾丸を、死霊王はギリギリのところで回避する。
「この距離は避けられるか」
輝夜は死霊王に向かって駆け出し、走りながら死霊王に向けて一発撃つ。そしてすぐに真横に向けて一発撃つ。
死霊王に向けて放たれた弾丸を、死霊王は首を傾けて回避する。しかし、その直後に死霊王の真横から飛んできた弾丸が、ナイフで罅割れた頬骨を打ち砕く。
死霊王は何が起こったのか理解出来ずに動揺する。その隙を輝夜は見逃さず、素早くリロードを終えて六発すべてを死霊王の頭骨に撃ち込む。
ゴーレムの硬い体にすら容易く風穴を穿つ威力のそれを六発も喰らった死霊王の頭骨は、頭蓋全体に亀裂が走る。
「ほい」
死霊王の目の前まで走って来た輝夜は、立ち止まり、頭蓋を軽く指で弾く。
それだけで死霊王の頭蓋は粉々に砕け散る。
死霊王の体がぐらつき、全身の骨がバラバラになって崩れ落ちる。
「ナイスアシストだったよナディ」
『弾丸の軌道を操作するのは疲れるわ』
二人はグータッチを交わして喜ぶ。
死霊王の真横から飛んできた弾丸は、輝夜が明後日の方向に撃ったものを、ナディが風魔法で軌道を操ったものである。
《すげえ……完全に見入ってた……》
《コメントするの忘れてた》
〈是が非でもうちに欲しい人材だ〉
〈数ヶ月借りるだけでもいいんだが、いくら積めば彼女を借りられるだろうか〉
《下手な映画より迫力あった》
《俺……ハンター引退しようかな……》
《早まるな、これと比べるな》
「確かこいつが持ってるんだっけ」
バラバラになった死霊王の側まで行き、死体をまさぐる輝夜。
「これかな」
スーツの内ポケットから幅広い金のリングに、赤い宝石が散りばめられた指輪を拾い上げる。
すると、輝夜の足元に魔方陣が展開される。
「ナディ、お呼ばれされたから、ちょっと行ってくる」
『はいはい、気をつけなさいよ』
魔方陣から放たれた光が輝夜を包み転移させる。
◇◆◇◆
「死霊王があんなに強いなんて聞いてないよ」
転移してきた輝夜は、アリアの顔を見るなりそう文句をつける。
「そなたの力量なら倒せるだろう」
鼻で笑ってそう言うアリア。
「そうだけど……まぁ、こんな結界張れるくらいなら強くて当然か」
「私がここに閉じ込められている事と、奴とはなんの関係もない」
「……そうなの? じゃあ一体誰が?」
話の流れから、死霊王がアリアを結界で閉じ込めたのだと思っていた輝夜は、アリアを実質的に封印するような真似ができる存在が、他に居るという事に驚く。
「まぁいずれ話してやろう。それよりも契約の履行が先だ」
あまり触れられたくない話題なのか、アリアは眉をしかめながら話を打ち切って本題に入る。
輝夜もそれ以上の追及をするのはせず、大人しく頷く。
「わかったよ。それで次は何をすればいい?」
「指輪を持ってじっとしていろ」
アリアは椅子から身体を起こし、階段ゆっくりと降りる。
「これから私自身をその指輪に封印する。そなたは指輪を持ってそこの魔方陣の上に立ち、この場から出ていくだけで良い。さすれば、そなたは晴れて私の契約者になる」
アリアはそう言うと、何か呪文のようなものを唱え始める。地球上にある言語ではなく、輝夜には何を言っているのかさっぱりと理解できない。
指輪から青白い煙のような光が溢れだし、アリアの身体をゆっくりと包み込んでいく。光に同化するかのように、アリアの肉体の輪郭があやふやになっていく。
やがて実体はなくなり、光と同化する。そしてそれは指輪に吸い込まれる。
『ふむ、存外悪くない居心地だ』
光がすべて指輪に吸い込まれると、指輪からアリアの声が聞こえてくる。
「あ、喋れるんだ」
『なんなら、実体化もできる。とはいえ、使える力は本来の半分にも満たないが』
「仲間になったとたん、弱くなるのはRPGの定番だけども」
半分の力でも、そこら辺のモンスターは瞬殺だろうな……と輝夜は心の中で付け加える。
「ところで、最下層まで行く予定なんだけど、それは大丈夫かな?」
『結界から出られれば問題ない……が、ここが最下層だぞ?』
「え、そうなの?」
『ああ、私の玉座の後ろを見てみろ』
アリアにそう言われ、輝夜は玉座の裏を確認する。そこには小さな台座に乗った拳大の赤い球状の宝石があった。
「なにこれ?」
『見ればわかるだろ、ダンジョンコアだ』
ダンジョンの最奥にあるというダンジョンコア。
それはダンジョンを形成しているマザーコアと呼ばれるものから生成されたものであり、ダンジョン内を自由に移動することが出来るようになる。
「初めて見た」
『まぁ、ダンジョンを踏破したからとて、必ずしも手に入るわけではないからな』
「レアドロってやつだ」
輝夜はそう言ってダンジョンコアを腰のポーチに押し込める。
『レアドロ? まぁかなり希少なものだ。それより無駄話はこれくらいにして、早く結界の外に出せ』
「はーい」
輝夜は指輪を左手の人差し指にはめると、魔方陣の上に立って元の場所に戻る。
◇◆◇◆
「ただいまー」
『おかー……アンタ、それ……』
帰ってきた輝夜の人差し指にはめられている指輪を見たナディは、一目見ただけでそれが何かを理解し、苦虫を噛み潰したような表情になる。
《コンビニ行く感覚で転移してて草》
《こんなに転移罠踏むことある?》
《意外と不幸体質》
〈あの戦いの後だから、さすがに危ないんじゃないかと思ってたが、もう彼女を心配する必要はなさそうだ〉
〈ああ、逃げろとか言っていた俺たちがバカだった〉
〈むしろどんどん攻略してくれ〉
《海外勢がなにか悟ってて草》
《むしろどんどん攻略してくれってのは同意》
《この調子で、最下層まで一気に行こう》
「じゃ、帰ろうか」
《……あれ?》
《……なん……だと》
《一体いつから最下層に行くと錯覚していた?》
〈日本人の様子がおかしいが、どうしたんだ?〉
〈どうやらここで切り上げるらしい〉
〈マジか……まぁ、仕方ないよな〉
『最下層に行くんじゃないの?』
「それが、もう行ってきたみたい」
輝夜はポーチからダンジョンコアを取り出して、ナディに見せる。
《ダンジョンコア!?》
《かなりのレアドロップじゃん》
〈この規模のダンジョンだと、時価総額で二億は下らないね〉
《っていうか、転移先が最下層だったってこと?》
《転移でいなくなってる時間って、そんなに長くなかったけど》
《もしかして短い時間の間にボス倒してダンジョンコア手に入れた?》
《……嘘だと言ってよバーニィ》
『……ちゃっかりしてるわね』
「まぁ、帰りが楽になったから良いじゃん」
輝夜はヘラヘラと笑いながらダンジョンコアを使い、ナディを連れて一層へと戻る。
そして、その場に取り残される一機のドローン。
《……あれ?》
《俺らは?》
《忘れられてる?》
《【悲報】一般視聴者、深層に置き去り》
《九十万人の視聴者置き去りで草》
《配信見に行ったら、深層で置き去りにされた件》
〈ハハハ、彼女はお茶目だね〉
その日『九十万人』『深層』『置き去り』というワードがSNSのトレンドに上がるのにそう時間はかからなかった。