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「あ、出てきたぞ」
「朱月輝夜だ!」
「朱月輝夜が出て来たぞ!」
ダンジョンの外に出ると、渋谷程ではないにしろマスコミや野次馬が大勢詰めかけており、耳を覆いたくなるような歓声をあげる。
渋谷ほど人が密集していない場所であるためか、警察による封鎖はされておらず、輝夜がダンジョンから出てきた途端、あれよあれよと言う間に彼女を取り囲む。
「深層攻略おめでとうございます!」
「夕日新聞です、お伺いしたい事があります!」
「インタビューよろしいでしょうか!」
「配信見ました! 深層攻略を終えた今の気分はいかがでしょうか!?」
「政府公認ハンターについてお聞かせ願えませんか?」
輝夜を取り囲んだマスコミ関係者はマイクを向け、矢継ぎ早に質問をぶつける。
四方からマイクとカメラを向けられ、全く逃げ場がない。
「通してください……あの、通して……」
なんとかしてその囲いから抜け出そうとするが、彼女の元にマスコミが群がっているのを見た通行人が足を止め、遠巻きに眺めたりマスコミの後ろに着いてスマホで写真や動画配信を撮影したり、時間と共に輝夜の周囲に人が増えていく。
『まったく見ておれんな』
指輪からそう声がしたかと思うと、上空に無数の血のように赤い槍が現れる。矛先は輝夜を取り囲む群衆に向いており、彼らは動揺して恐怖する。
「騒ぐな」
後方から聞こえてくる声に、まさかと思いながらも輝夜が振り返ると、そこにはコウモリのような翼を広げて二メートル程の高さから腕を組んで民衆を見下ろすアリアの姿があった。
「道を開けよ。契約者が通れぬ」
アリアから発せられる声は、年相応の幼いものであるが、全身から発せられる威圧感に生物としての格の違いを悟り、あれほどまでに騒いでいたマスコミや野次馬達は完全に沈黙して息をのむ。
「聞こえなかったか? 道を開けよと言ったのだ」
アリアの言葉を受け、モーゼが海を割るかのようにゆっくりと人が捌けていく。
「バカバカバカ! いきなり脅す奴があるか!」
「きゃうっ」
輝夜は慌てて飛び上がり、アリアに拳骨を喰らわせると、頭を押さえて痛がる彼女を抱えて、逃げるようにしてその場から走り去る。
「はぁ、はぁ……まったく、いきなりなんてことするんだ」
泊まっているホテルの部屋に辿り着く頃には、全身が汗で濡れ、息も絶え絶えになっていた。
「それは私の台詞だ、助けてやったのに殴ることはないだろう」
「それについては謝るけど、アリアだって相手は一般人なんだから、手荒な真似をしちゃダメだよ」
拳骨については頭を下げる輝夜だったが、アリアにも悪いところがあったと窘たしなめる。
「フン」
しかし、アリアは自分は悪くないと言わんばかりに、腕を組んでそっぽを向く。
『やっぱりヴァンパイアね。かなり高位の存在でしょ? 真祖くらい?』
「なんてところから出てくるんだよ」
輝夜の胸元から出てきたナディは、アリアを見てそう言う。
「ご明察だな、真祖アリア・ノラ・フォルメールだ」
『アンタとんでもないもの拾ってきたわね』
「なんか、成り行きでこうなちゃった」
輝夜はそう言いながら、バスルームに向かい服を脱いでシャワーを浴びて汗を流す。
さっぱりした後、替えの服に着替えて部屋に戻る。
アリアがベッドに寝転び、ナディに使い方を教わりながら輝夜のタブレット端末を弄っていた。
「ほう、人間は面白いものをつくるのだな」
『それで、これがダンジョンライブアプリで、ダンジョン攻略を配信するのよ』
「配信とはなんだ?」
『映像や音声をリアルタイムで映し出すのよ』
「ほう、それは面白そうだな」
アリアは新しい玩具を手に入れた子供のように目を輝かせながら、ナディと共にダンジョン配信を見る。
シャワーを浴びている間に随分と仲良くなったものだと感心しながら、輝夜はアリアの使っているベッドとは別のベッドに寝転んでスマホを確認する。
夕香からショートメッセージや着信履歴が数件入っており、輝夜は折り返し連絡する。
「お疲れ様です夕香さん」
ベッドに寝そべったまま輝夜はスマホを耳に当てる。
『お疲れ様です、配信見てました。まさか深層を攻略するとは思いませんでしたよ』
「運が良かっただけだよ。それで用件は?」
アリア達がダンジョン配信を夢中になって見ているため、その音が通話に入ると思った輝夜はベッドから起き上がり、スマホを耳に当てたまま部屋を出てロビーに向かう。
『捕らえた百足旅団のメンバーですが、留置場で死亡が確認されました』
「自殺?」
『いえ、外部から侵入した者による他殺です。見張りの警官も二名と、留置所に入っていた三名の拘留者もやられました』
口封じ目的の殺害だろうなと輝夜は思った。
目撃者を残さない辺り、その徹底振りが窺える。
『殺害前に行われた取り調べで得られた情報もなく、わかっているのは遺物を集めているということ、世界各地で活動しているという事だけです』
「それで、何か策はあるの?」
『一ヶ月後、ラスベガスで仮面舞踏会が開かれます』
何の脈絡もない話題に、輝夜は一体何を言い出すのかと思いながらも夕香の話に耳を傾ける。
『表向きは仮面舞踏会ですが、その実態は違法に横流しされたダンジョンの副産物をかけた闇オークション』
「なるほど、そういう」
夕香の話を聞いた輝夜は、なんとなくその後の話を理解する。
ダンジョンの副産物には当然ながら遺物も含まれる。それが売買されるオークションとなれば、遺物を狙う百足旅団もその会場に現れるだろう。
「要するにそのオークションに参加して百足旅団を探せば良いってことね」
エレベーターに乗ってホテルのロビーに降りてきた輝夜は、近くにあったソファーに腰を下ろす。
『話が早くて助かります。目撃者を残さない徹底振りから考えて、おそらく輝夜さんと氷室先輩は百足旅団から狙われていると思われるので、場に行けば必ずアクションがあるはずです』
遺物に釣られて来た百足旅団の目の前に、輝夜と氷室という餌を用意して誘き出すという作戦である。
少しあからさま過ぎる気もするが、オークションの参加者として振る舞っていれば、餌に食い付く可能性は高い。
『ですが問題は、そのオークションの招待状の入手は非常に難しいということです』
仮面舞踏会に扮しているとなると、参加者の匿名性が高いため招待状を受け取った人物を特定するのも難しい。
主催者側も信頼のある人物にしか招待状を送らないだろうし、招待された側もそう易々と手放すとは思えない。
『次善策として、隠密行動に長けたハンターを会場に潜入させるつもりですが……』
次善策は失敗するだろうなと輝夜は思った。
潜入できたとしてもせいぜい一人が限界であり、潜入中は外部と連絡をとるのは難しい。
参加者の名簿は厳重に管理されているであろう事は容易に想像がつく。会場に潜入できたとしても名簿を手に入れるのは不可能だろう。
百足旅団の素性がわからないため、遺物を落札した人間を尾行するしかないが、出品される遺物が一つとは限らず、また落札者も一人とは限らないため、人手が足りない。
「わかった。紹介状については僕も心当たりを当たってみるよ」
『お願いします。こちらも出来るだけ手を尽くします』
夕香はそう言って電話を切る。
「当てはあるにはあるんだよなぁ」
通話終了になったスマホを持ったまま、ソファーに身体を預けて天井を眺める輝夜。
「……きっと高く付くんだろうなぁ」
眉間に皺を寄せて悩む輝夜。
しかし背に腹は変えられないと思い、嫌そうにため息をついてソファーか立ち上がると、一度部屋に戻る。
「ナディ出かけるよ。アリアも一緒に来る?」
「私は残る。ダンジョンライブとやらを見ねばならぬ」
そう言って全く動こうとしないアリアを見た輝夜は、すっかりとハマってるなぁと思いながら、ナディを連れてホテルを出てタクシーを呼ぶ。
◇◆◇◆
堺市から車で十数分。大阪市でタクシーを降りた輝夜は、とある人物の元を訪れる。
「おーい、居るかー?」
インターホンも鳴らさずに、玄関を開けて中に入っていく輝夜。
『相変わらずの散らかりようね。少しは片付けなさいよ』
部屋のあちこちに無数の本や書類が壁のように積み上げられ、その一部が崩れたのか床の踏み場がない程に散乱している。
「うるせーよ」
紙の壁の向こうから顔を覗かせてそう答えるのは、日焼けした褐色の肌、鋭い目付きをした人相の悪い男。
「しかし、メッセージ見たときは何の冗談かと思ったが、マジで女になってんのな」
輝夜の子供の頃からの友人。菊池芹矢である。
「そう言う割には、あまり驚いてるように見えないけど」
「まぁ、性別や姿を変える遺物やらスキルやらがあっても不思議じゃねぇ。そんなことより胸揉ませろよ」
にやけた表情で両手をワキワキと動かしながら、そういう芹矢。
「ちょ、嫌だよ」
輝夜は嫌悪感を感じて、両腕で胸を抱えるようにして隠しながら逃げるように後退る。
「なんだよ、減るもんでもねーだろ」
「逆に聞くけど、男に自分の胸揉まれたいと思う?」
「死んでもゴメンだね」
「そういう事。それより頼みがあるんだけど」
輝夜はそう言いながら積み上げられた本を椅子代わりにして座る。
「なんだ?」
「一ヶ月後にベガスで開かれる闇オークションの招待状が欲しい」
芹矢は裏社会に顔が利くブローカーである。
そのため、彼ならオークションの招待状を手に入れる事出来るのではないかと、輝夜は思った。
「……まさか、お前からそんな単語が出てくるとはな」
オークションの招待状と聞いて、芹矢は面喰らった表情でそう言う。
「色々とあるんだよ。それで手に入る?」
「……手に入るっちゃ手に入るが高ぇぞ?」
少しの間、悩むように腕を組んで眉間に皺を寄せる芹矢だったが、やがて溜め息と共に頭をガシガシと掻きながらそう言う。
「遺物と交換で行けないかな?」
輝夜はアイテムボックスから、ゴブリンリーダーから剥ぎ取ったネックレスを取り出して芹矢に投げる。
「鑑定」
それを受け取った芹矢は、彼の持つスキルを使って遺物の詳細を見る。
「飛び道具を自動で防御する遺物か。まあ要人連中なら持っときたい性能だな……」
芹矢はそう言うと、遺物を自分の懐にしまい込む。
「あとついでに、拳銃の弾あるだけちょうだい。それから手榴弾。あとこのナイフに柄付けてくれない?」
ついでとは言うものの、本来ここに来た目的はこっちである。
「はいよ。ナイフはそこに置いといて」
芹矢はゆっくりと立ち上がると、輝夜を連れて地下室に降りていく。明かりを付けると無数の武器や弾薬が整然と並んでおり、その光景は壮観の一言に尽きる。
「必要なもん持っていけ」
「はーい」
輝夜はグレードケースを一つと、拳銃の弾をあるだけすべて、片っ端からアイテムボックスに詰め込んでいく。
「ところで、これよりもっと威力のある弾ってないの?」
輝夜は弾の入った箱をアイテムボックスに放り込みながら、ふと思ったことを尋ねる。
ブーストを使わなくても有効打を与えられる弾丸があれば、死霊王のようなモンスターを相手にしても楽に勝てるようになる。
「357マグナム弾よりか? あるけどそれじゃ撃てねぇよ」
「そっか」
輝夜は残念そうに肩を落とす。
「支払いはいつも通り素材払い?」
弾をあるだけすべてアイテムボックスに入れた輝夜は、芹矢にそう尋ねる。
「クリスタルディアの角、ミスリル鉱、リトルドラゴンの鱗辺りなら一つでいい」
「相変わらずぼったくるね」
輝夜は溜め息交じりにそう言いながら、アイテムボックスからミスリル鉱を取り出して芹矢に渡す。
「なんなら身体で払ってくれても良いぞ」
ミスリル鉱を鑑定しながら、軽い口調でそう言う芹矢。
「指一本でも触れたら、その額に風穴開けてやる」
輝夜はキッと芹矢を睨み付けてそう言う。
「おー怖い……招待状は少し待て、ナイフも含めて、二週間後に連絡する」