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夜の闇が深まり、森の静けさが戻ってきた。だが、その静けさには何か異様な緊張感が漂っていた。
僕は傷だらけの体を引きずりながら森を歩いていた。鬼の鎖を断ち切ったことで、一瞬の平和が訪れたと思っていた。しかし、すべては甘い考えだったのかもしれない。
「僕を試しているのか…?」
ぼそりと呟きながら、後ろを振り返る。誰かの視線が背中に刺さるような感覚がある。いや、正確には「何か」だ。
「やっぱりおかしい…」
鬼が自由になった瞬間のあの瞳、主人である彼女を見つめる視線。あれは、単なる解放の喜びではなかった。
「おかえりなさい。」
突然、柔らかい声が耳に届いた。その声の主は、やはり彼女だった。般若──彼女が、闇の中から現れた。
「…やっぱりここにいたか。」
僕は短剣を構え直す。傷が痛むが、彼女を目の前にして気を抜くわけにはいかない。
「こんなところで何をしているの?帰るべき場所があるんじゃない?」彼女は微笑みながら問いかけてきた。
「その言葉、そっくり返すよ。」
彼女はクスクスと笑い声を漏らす。「私には帰るべき場所があるわ。それは、この『鬼』と一緒にいる場所よ。」
その言葉と同時に、闇の中から巨大な影が現れる。鬼だ。解放されたと思っていたその存在は、彼女の後ろに控え、再び忠誠を誓ったかのように鎖を巻き直している。
「おかしいと思わなかった?」彼女が楽しげに続ける。「この子は自由が欲しいなんて言ってないのに、どうして信じたの?」
「……!」
僕の中で冷たい感覚が広がる。あの鬼の目には迷いがあった。自由の渇望ではなく、忠誠を深める一瞬の決意だったのか。
「この子はね、主従関係が何より好きなの。」彼女が鬼を撫でる。「だから、私を愛してる。私の命令なら何でも聞くの。」
「お前…!」
その瞬間、鬼が動いた。鋭い爪が光を反射し、切り裂くように襲いかかる。僕は身を翻して避けようとしたが、動きが速すぎた。
「ぐっ…!」
何かが体に深く突き刺さる感覚。目を下に向けると、鬼の鋭い爪が肝臓を貫いていた。痛みが全身を駆け抜け、体が徐々に冷たくなるのがわかる。
「やっぱりね。甘さが命取りになるのよ。」彼女が静かに囁いた。その声は残酷なほど冷たい。
「……まだ…だ。」僕はなんとか言葉を絞り出す。
「まだ?いいえ、終わりよ。」彼女は冷ややかに笑みを浮かべる。「あなたはもう、ここでおしまい。」
鬼がゆっくりと爪を引き抜く。その動きが致命的な痛みをさらに強調するかのようだった。
僕の視界がぼやける中、彼女の顔が月明かりに照らされて浮かび上がる。彼女の笑みは冷酷でありながら、美しくもあった。
「さよなら、狩人さん。」
次の瞬間、僕の意識は闇に飲み込まれた──。