テラーノベル
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いつもと同じホームの列に並ぶ。
今日で最後。あの人を探すのも見るのも今日で最後にしよう。目の保養としてももう無理だから。今日会えなければこのまま毎日時間をずらした電車に乗ることにするつもりだった。
同じようにホームに入って来た電車はいつもと同じに見えて違う。直ぐには確認出来なくて足元を見ながら乗車し、ふうっと息を吐いて顔を上げた。
その瞬間息が止まりそうになって、口元を両手で抑えた。見慣れた顔、いつもの……ジャケット。
何で、何でいるの!?
万が一の覚悟はしてたはずなのに会うわけないと高を括っていたのか、違う、告白しなきゃならない状況に自分で追い込んだからだ。ドッドッド……と心臓の音が聞こえそうなくらい鼓動が早い。
いつも彼より私の方が早く降りる。声をかけるとしたら電車内しかなく、覚悟を決めて近づいた。他の人に聞かれるのは恥ずかしいけど、幸い朝の通勤電車内はみんな他人に無頓着だった。
一歩一歩近づくと、途中で彼が自分に近づいてきていると悟ったらしく怪訝な顔をした。
やっぱり彼は私を覚えていないと悟る。
わかっていたことだ。だから初めましてから始めるんだ――。
「あの、今お時間いいですか? 」
彼の顔がふっと緩んだ。
「いいよ。今日は一本早い電車に乗れたから。数分しか時間取れないけど、次の駅で降りる? 」
次の駅が降車駅の私は頷いた。
やっぱり、この人今日はたまたま1本早い電車に乗ったんだ。そう思うだけで期待値が上がってしまう。
時間は数分しかない。早く、伝えなきゃ。
はじめて向かい合った。……背が、高い。肌が綺麗。正面から見据えるとやっぱりとんでもなく素敵で、淡い髪色が一層彼の表情を柔らかく見せた。
何?とばかり首を傾げて微笑む彼に、恥ずかしくて意識が飛びそうだ。
心臓が爆発しそう。
「あの、初めまして。私、東谷春美といいます。突然、ごめんなさい。えっと、私と付き合って下さい。好きなんで」
心の中で何回も成功した告白は本人を目の前にしたら散々でみっともない物になった。羞恥心が血流に乗ってかぁっとせり上がってきて次の言葉はでない。相手に頼るほかなくて、数秒の沈黙が随分長く感じた。お願い、何か言って。祈るような気持ちでいた。情けない。私、30過ぎてこんな告白しか出来ないの。
「え、好き? 」
そう聞き返されてハッとする。
そうだ、相手のことよく知らないのに『好き』は早すぎた。怖いよね!?サーっと血の気が引く。
「いいえ、そうではなく、よく電車でお見かけしたので気になっていて、連絡先ききたいなって思って、まだ好き……」
まではいってないと私も思うのに、どうして好きって言っちゃったんだろう。
相手はそう驚いた感じでもなく、うーんと言った。どっと汗が吹き出す。
「いいよ。付き合っても。でも、俺結婚してるんだよね。それでもいい? 」
え、結婚……。してる?今度は目の前が真っ暗になった。結婚してるかもしれないって想定してたのに。
は、と息を吐く。目の前が真っ黒になったのに、さらに頭が真っ白になって、状況がわからない。振られた……んだよね?結婚、してる。って……。いえ、待って、その前。ようやく彼の発した言葉を脳が拾う事が出来た。
「いいよ、って言った? 」
「うん。いいよ、付き合おう。あ、違うね。俺が言うんじゃないよね。えっと、君が、あー、君、名前なんだった? 」
「東谷春美、ですけど……」
「うん。決めてよ、春美ちゃん。それでもいい? 」
また名前を呼ばれたこととか、私に正面から向けられた視線だとか、動揺はするけど、残念に思う気持ちに言わなくちゃと思う。結婚してることだけでも受け入れられないくらいショックなのに。
「け、結婚してるのに。奥さんがいるのに彼女作るのって駄目だよ。浮気だよ、それ。そんな軽く不倫をしたら駄目だし、私も不倫は絶対に無理です」
ずっと気になってた人があっさり不倫する人だったことがショックだった。
「あー……違う、違う。言い方悪かったな。結婚してる。ってか、過去にしたことがあるってこと。今は独身。彼女もいない」
「へぇ」
「うん。結婚歴があるってこと。それでもいい? ってこと」
「ああ、そっか。じゃあ、別に……恋愛するのは自由」
だから、いいんだけど、私バツイチの人とか考えたことなかった。いいとか、悪いとか。
LAST

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「うん、そうだね」
「えっと……」
「じゃあ、付き合う? スマホ出して」
彼に言われるまま出し、手際よくメッセージアプリで友達追加すると『七瀬広睦』と送って来た。
「それね、俺の名前。『ななせひろむ』あ、電車もう来るな。もうちょい話したいけど、今日の講義はサボれないし、そっちも仕事だよね? 」
「え、はい。講義って、何の仕事を……」
塾の先生とか?でも塾ってこんな朝早い?高校生とかは学校だよね。予備校とか……?
「仕事? バイトは塾講とカテキョーと何かタイミ―とか単発で入れたりしてる。今暇だから」
「……バイト」
え、正社員じゃなく、定職に就いていないってこと?スッと心に冷静さがやってくる。大人としてはシビアな部分だ。ましてや私は結婚したいというのに……。
「そ、バイト。もう単位もあと卒論と今からの講義だけで就職も決まってるから暇なんだ」
「単位、就職……え、いくつ、なの? 」
「21。今大学4年生」
ヒッと口を押えた。嘘でしょう、まさか学生だなんて。上から下まで不躾に見てしまう。確かに、スーツ……。これ、スーツじゃない?セットアップ……。
無理……だ。
「ごめんっ!学生だと思わなくて、やっぱり……」
取り消し、取り消し、さすがに学生は無理!!
「あ、電車来た。今日、仕事後会える? まさか、自分から始めといて逃げないよね、春美ちゃん? 」
彼は有無を言わせない笑顔でそう言うと電車に乗り込む、閉まったドアの窓越し指でスマホを見ろ、と指示する。
画面には
『これからよろしく』
とあった。それから、ハートマーク一つが別に送られてきた。
――早まった……。
私はただ、頭を抱えた。
コメント
1件
第7話、一気に読んじゃいました…!朝の通勤電車、あの緊張感がすごくリアルで、私も息を止めて読んでました。春美さんが「好きです」って言っちゃった後のやり直し感、すごく共感できて胸が痛かったです。「結婚してるんだよね」からの流れ、まさかの二重のどんでん返しで心臓に悪かったです(笑)。最後の「早まった…」に思わず声が出ました。学生だとわかった瞬間の気持ちの切り替わり方、丁寧に描かれていて素敵でした。続きが気になります!