ヒノトは、試合で気絶し、夕方頃に目覚めてしまったこともあり、なかなか寝付けずに闘技場まで訪れていた。
「はぁ……もっと戦いたかったなぁ…………」
「ならば、強くなれ」
深夜だと言うのに、警備兵も仲間も無しに、王子レオも闘技場に訪れていた。
「お前……こんな夜中に何やってんだよ…………。お前は勝ち上がったんだから明日も試合だろ?」
「ふん、愚民には関係ない……と言いたいところだが、子供のような馬鹿な理由だ。いっそ愚民にでも笑ってもらった方がいい。明日の試合が楽しみで眠れないのだ」
ヒノトは、一切笑うことはなく、ただレオを眺めた。
「相手はあのソル・アトランジェにカナリア・アストレアだ。ワクワクしないわけがない…………!」
「意外だな。お前のことだから、他の者は眼中にない! みたいに考えてんのかと思ってたけど」
「私は、幼少の頃より他よりも優れながら、他よりも努力を惜しまなかった。だからこその絶対的自信がある。しかし、だからこそ、相手の実力と言うのも認識できる。あの者たちは強い。私がこの学寮で唯一認めている二人だ」
敗北で流石のヒノトも気が動転しているのか、普段なら絶対に聞かないだろうことが、ふと国から溢れた。
「俺は…………。お前にとって、俺は強いと思うか……?」
闘技場内を静かに眺めていたレオは、睨み付けるようにヒノトの顔を見つめる。
「愚民は……愚民のままだ。貴様も、リゲルも、貴様らのパーティも全員…………弱い」
その真っ直ぐな言葉に、ヒノトは胸が苦しくなる。
自分に魔法を扱えないことは、剣術や、突飛な魔法暴発で乗り越えてきたが、敗退を前に、嫌でも感じてしまう。
自分は、この先には行けないのではないか、と。
「だが…………キラとキル、元王族の二人がいるパーティと相打ちに持ち込んだのは素直に褒めてやる。あの時に出した力…………あの力をちゃんと使えるようになれば、お前は弱者ではないだろう」
レオは、ヒノトの目を決して離すことはなかった。
「レオ…………。お前……俺のこと励ましてんのか……? もっと性格悪いと思ってたんだけど…………」
「励ましではない。私は常に事実しか言わない。公式戦で愚民を制裁する……それは叶わなかったが、貴様はもう、十分に己の弱さを実感しているはずだ。私は、この国の次期国王として、国民を無碍にすることはしない」
レオは、腰に沿えた新しい短剣をヒノトに向ける。
「この国に生まれ、この国で育ち、強くなろうとしている貴様は、私が守るべき民の一人だ。そして、同じ齢、同じ学寮の生徒として、貴様を潰すのも私だ」
すると、三枚分のカードをヒノトに手渡した。
「なんだ……これ……? 字が読めねえ…………」
「それは、異邦人の起こした国への入国パスポートだ。貴様と、リリム、グラムの三人は、確実に、今回選抜されることはない」
「は!? んなもん分からないだろ!?」
「いや、今回の選抜は、新たな魔王軍との戦争に向けた戦士を集い、エルフ族の元で更なる魔法の鍛錬を推薦される人選をする。魔法の使えない貴様、そしてエルフ族の嫌う魔族、魔族似のグラムは、国が認めてもエルフ族が認めないのだ。だから、今回選ばれることはない」
「は……? んなもん、どんなに頑張っても…………」
しかし、ヒノトの項垂れる顔を眺めながら、表情を変えずに、レオは言葉を制した。
「無駄なことはない。貴様が異邦剣術を扱い、ナギを倒せていなければ、そのパスポートは貴様に渡ることはなかったからだ」
「え…………それってどういう…………?」
「国からは、エルフ族の元へ向かう戦士を選抜する。その裏で、王城で貴様も会ったシルフ様は、異邦剣術や、異邦人の技を会得できそうな学生を探しに来ていたんだ」
そして、ヒノトは再び、パスポートを眺める。
「そのパスポートは、シルフ様から貴様ら三人に渡せと言われたものだ。私の判断ではない…………」
そのまま、ヒノトは静かに涙ぐむ。
「英雄の判断で、貴様は選ばれたのだ」
その言葉に、ヒノトは抑え切れない涙を流した。
「俺はまだ…………強くなれる…………」
再び、レオはヒノトに剣先を向けていた。
「レオ…………」
「愚民の貴様を簡単に伏したところで、余興にもならぬ。強くなった上で、私の前に平伏させてやる」
ヒノトは、剣を握り締めながら笑った。
「あぁ……! じゃあ俺はそれをぶっ倒す…………!」
珍しく、レオは笑みを隠さずに向かい合っていた。
――
翌朝、ヒノトは誰彼先に観客席の一番前を陣取った。
「今日の観戦、張り切ってるね」
「ふん! 昨日の今日で随分元気そうじゃない!」
「元気になってよかった。心配したぞ」
ヒノトは、誰のことも声を掛けていなかったのに、リリム、リオン、グラムの三人も、まだ観客が全然入れ込んでいない観客席に訪れていた。
「よぉ! みんなも早いな!」
敗退したDIVERSITYは、今日パーティで集まっている必要はないが、みんなの気持ちは同じだった。
「これから、準決勝に決勝戦……。キルロンド王国の全学生の中の3トップが戦うんだ。近場でその戦いを見て、これからの糧にしたい」
四人は、揃って観客席に座り、続々と入場してくる大勢の観客たちの中で、ヒシヒシと感じる魔力を感じながら、その時を待っていた。
そして、遂にその時は訪れる。
『二日目、準決勝戦を行います。南門、キルロンド学寮より、前衛 ソードマン、レオ・キルロンド。中衛 メイジ、ルーク・キルロンド。後衛 シールダー、シグマ・マスタング。後衛 ヒーラー、ファイ・ソルファ』
レオは、前日と変わらない凛とした風格を背に感じさせるような立ち振る舞いで入場する。
ルークは少し眠たそうに、緊張感を欠いている様子だが、ファイは相変わらずの緊張振りに、シグマは真面目な面構えで入場した。
『続きまして西門、キルロンド学寮より、前衛 ソードマン、リゲル・スコーン。中衛 ウィザード、カナリア・アストレア。中衛 メイジ、シャマ・グレア。後衛 シールダー、キャンディス・ウォーカー』
リゲルも、前日と変わらないピリピリとした緊張感と威圧感を感じさせる入場を見せる。
他の面々も、相手がレオなだけに緊張があるのか、目に闘志を感じさせる威圧感があった。
「少しはマシになったみたいだな。 “その力” の扱い方が…………」
「はい……俺には頼りになる仲間がいますので。ここで、倒させて頂きます…………!」
その声に、カナリアもグッと力を込める。
「では…………全力で潰してやろう…………!!」
そして、試合のゴングは鳴らされた。
“岩防御魔法・ブロックゲート”
“岩魔法・ロックメンド”
レオの駆け出す合図に合わせ、シグマとファイの二重岩シールドをレオに展開させる。
先のように炎魔剣を扱えないリゲルは、この二重シールドを易々とは潜り抜けられない。
ルークは、シグマよりも更に後衛に下がり、全体をじっくりと見渡していた。
“雷防御魔法・雷衝陣”
レオの突撃に合わせ、キャンディスもリゲルに対し、雷シールドを展開させる。
キィン!!
互いに、魔力を込めずに剣のみがひしめき合う。
ここで、雷属性のレオと、炎属性のリゲルが同時に剣術魔法を扱ってしまえば、互いが “過負荷” を起こし、互いに吹っ飛ばされてしまう為だった。
「貴様……お得意の炎魔剣はどうした……? 他の剣術魔法も編み出しているようだが…………?」
「レオ様こそ……そちらの草魔法使いのルーク様が動いていないようですが…………?」
互いに睨み合い、拮抗し合う剣の応酬する中、ルークとカナリアは、同時に手を掲げた。
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