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「バディ契約、恋愛に進化しました。」
今日からあんたとバディとか、マジですか?
戦場――と呼ぶには、ちょっと狭すぎる廃ビルの一室。
天井は剝がれ落ち、壁はコンクリートがむき出し、破れたカーテンが風に煽られてヒラヒラしている。そこに二人の影が向かい合って立っていた。
ないこは深く息を吸い込み、前に流した桃色の髪を指で揺らす。
「……はぁ。もうさ、今日であなたに付き合うの最後にしたいんだけど」
その声音はあくまで柔らかく、しかし目は笑ってない。
対する まろ は、関西弁丸出しのため息を返した。
「うちかて同じ気持ちや。毎回毎回、なんで決闘の相手が“近距離ハニートラップの女王”やねん。絶対嫌がらせやろうちの上司」
「あたしの上司は“近距離で殴る事に全てを賭けた脳筋ゴリラ”ってあんたのこと呼んでるけど?」
「……それは否定できひんわ」
言って、まろは自分の拳を見下ろす。
ごつごつしているのに、本人はまったく気にしていない顔だ。
──二人は敵組織のエースエージェント。
一方は、相手の心の隙を突き、誘惑と心理操作で情報を抜くのが専門の ないこ。
もう一方は、近距離戦で圧倒的な制圧力を誇る まろ。
毎回任務では鉢合わせるし、毎回どちらかがちょっとだけ勝って、ちょっとだけ負けて、ずっと互角。
ぶっちゃけ、どちらも内心では「こいつめちゃくちゃ戦いにくいわ……」と思っている。
今日も今日とて、そんな二人がまた真正面から構え合っている。
「じゃ、今日もいきますか。キレイに倒れてよね?」
「できればやめてほしいけども、こっちも仕事なんでな」
その直後だった。
《緊急通達! 両組織の代表戦にて、ないこ側組織の敗北が決定!!》
廃ビル中に響きわたる通信。
ないこが瞬きをした。
「……は?」
まろは耳を疑った。
「え、うちの組織、勝ったん……? マジで?」
次の瞬間、彼のインカムから上司の声が轟いた。
《まろ、おめでとう! おまえ今日から“敵組織のエース”をそのまま引き抜け! つまり――》
《ないこちゃんは今日からお前のバディや!!!》
「は?????」
まろの叫びは廃ビルの窓ガラスを震わせた。
ないこも負けてない。
「ちょ、ちょっと待って! なんであたしが敵組織の脳筋とバディにならなきゃいけないのよ!? あたしはハニートラップ要員よ!? 色仕掛けと情報戦が専門なの! 殴る男と組んだら、仕事なくなるじゃない!!」
「誰が殴る男や、言い方考えぇや!! ……いやでも実際殴るけども!」
《なお、このバディ契約は絶対。拒否権はない。以上!!》
通信はぷつんと切れた。
二人の間に、気まずい沈黙が落ちる。
まろがぽつりと漏らした。
「……え、これマジなん? 冗談ちゃうんやな?」
ないこも目の端を引きつらせながら、絞るような声を出した。
「……あたし、今日だけで一生分のストレス使ったかも」
*
その日の午後。
二人は、急遽設置された「バディ契約執行室」に呼び出された。
元敵同士、初日からぎこちないのは仕方ないが……
そもそもこの部屋の空気がひどい。
壁一面に「ようこそ新バディさん♡」「絆を深めよう!」という手書きポスター。
明らかに上司たちがノリと勢いで作ったやつだ。
まろが鼻をつまむように言う。
「うち、この部屋入った瞬間から嫌な予感しかしぃひん」
ないこも両腕を組み、ため息の深さで床が抜けそうだった。
「あたし、今すぐ逃げたい」
机を挟んで向かい合う二人。その前で、両組織から派遣された契約担当官が満面の笑みで言った。
「はい! お二人は今日から仲良くバディです! おめでとうございます!」
「全然めでたくないんだけど……」
「おめでとう言われても、殴られへんだけマシって気持ちしかないわ……」
担当官は二人の言葉を聞かなかったことにして、淡々と説明を続ける。
「本日より、ないこさんはまろさんの所属組織の指揮下に入り、近距離潜入班として活動していただきます」
「潜入はわかるけど……なんで近距離……?」
担当官は笑顔で答えた。
「まろさんが近距離ですし」
「理由がシンプルすぎない!?!?」
まろも眉を寄せた。
「なぁ、ないこはハニートラップ担当やろ? うちみたいに物理でこじ開けるタイプと噛み合わんのちゃうん?」
「そうよ! あなたと組んだらあたしの仕事の八割なくなるわ!」
担当官はにこやかに言った。
「では、まろさんが敵を殴って気絶させ、その上でないこさんが情報を抜く、という流れでいきましょう!」
「「雑!!!」」
ついに二人が声を揃えて叫んだ。
だが、契約書はどんどん進む。
「ではまず、二人の距離を縮めるために“バディ距離測定”しますね!」
「え、なにそれ」
「嫌な予感しかしぃひん……」
机から取り出されたのは、“距離センサー”と書かれた怪しげな機械。
担当官がにこにこしながら設定ボタンを押す。
「はい、お二人は“半径1.8メートル以内に近づくと契約発動”となっていますので、まず試しましょう!」
「ちょっと、勝手に決めないで!」
「いや1.8メートルってけっこう近いで!」
「はいどうぞ、近づいてくださーい」
渋々、二人は近づく。
一歩、二歩。
ピピッ……ピピピピピッ!!!
「うわっ!? 鳴った!!」
「なに鳴らしてんねんこれ!!?」
「おめでとうございます! これが“バディ距離”です!」
「喜べるか!!」
ないこは頭を抱えた。
近距離で人を落とすのは得意だが、まろの顔をこんな至近距離で見るなんて……
心臓が変な意味でドクッとした。
(いや、ちょっとかっこいい顔してるからって惑わされないわよ……! 敵だったし……! 今日からバディになっただけだし……!)
そう、頭ではわかっている。
が、近距離で見つめ合うのは……正直、思ったより破壊力があった。
「ないこ、顔赤いで?」
「ち、ちがっ……これは照明の反射よ!!!!!」
「いや照明こんな赤くないけど……」
「黙れ!!!!」
担当官は拍手をした。
「はい、相性抜群ですね!!」
「どこが!!??」
「どこがやねん!!!!」
叫び声が部屋にこだました。
*
ようやく契約手続きが終わり、二人は廊下へ出た。
まろは後頭部をかきながら言う。
「……なぁ。とりあえず、バディなんはしゃーないとしてや」
「えぇ……」
「これからうちと組むわけやし、一回くらい腹割って話してもええんちゃう? 敵同士やった時よりはな?」
ないこはムッとした顔で横を向いた。
「あたしは、あんたに情報抜かれないように三年間ずっと警戒してたのよ。そんな簡単に“はい話しましょう”って気持ちにはならないわ」
「そりゃ……そやな」
まろは苦笑して肩を落とした。
その姿を見て、ないこはほんの少しだけ胸が痛んだ。
(あ……なんか、落ち込んだ顔するときだけちょっと可愛いのむかつく……)
思考に戸惑いながらも、ないこは小さく呟いた。
「まぁ……バディでやる以上は、仕事の邪魔しないでよね」
「そっちこそ。うちの邪魔したら怒るで」
「……わかってるわよ」
二人は同時にため息をついた。
敵からバディ。
最悪の出会いから、最悪の形で組まされる二人。
──だが、まだ知らない。
この強制的なバディ契約が、のちに予想外の方向へ転がり、
恋愛にまで進化するなんて。
今はまだ、お互い「あいつとはやってられん」の気持ち100%である。
だがその裏で。
お互い、ほんの少しだけ気づき始めていた。
近くにいると――なんとなく、妙に気になる存在だということに。