テラーノベル
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放課後の体育館は、オレンジ色の光に満ちていた。
ボールの弾む音と、シューズのきしむ音。その中心にいるのは、コートを縦横無尽に駆け回る烏野高校バレー部の“最強の囮”、日向翔陽。
私はマネージャーとして、その姿を少し離れた場所から見ていた。
「ナイスレシーブ! 影山!」
弾丸みたいな声が体育館に響く。
そのトスを上げたのは、“コート上の王様”と呼ばれた天才セッター、影山飛雄。
完璧なトス。完璧な助走。
そして、日向のスパイクが床に突き刺さる。
「しゃああああ!」
チームメイトが歓声を上げる中、私は胸の奥がぎゅっとなるのを感じていた。
——どうして、こんなに目が離せないんだろう。
練習が終わったあと、体育館に忘れ物を取りに戻った。
すると、まだ灯りがついている。
「……あれ?」
中をのぞくと、日向が一人でジャンプ練習をしていた。
何度も、何度も。
汗で前髪が額に張り付いている。
「日向、もう帰らないの?」
声をかけると、びくっと肩を揺らして振り向いた。
「あっ! びっくりした!」
それから、少し照れたように笑う。
「もうちょっとだけ。今日、トスちょっと低かったからさ」
負けず嫌いなところ。努力を隠さないところ。
知れば知るほど、好きになっていく。
「無理しないでね」
そう言ってタオルを差し出すと、日向はきょとんとした顔をした。
「なんでそんな顔すんの?」
「だってさ」
彼はタオルを受け取りながら、少しだけ視線を逸らす。
「いつも俺のこと、ちゃんと見てくれてるだろ?」
心臓が跳ねた。
「マネージャーだから」
慌ててそう言うと、日向は首をかしげる。
「それだけ?」
言葉に詰まる。
体育館の外では、夕焼けが夜に溶けていく。
沈黙の中、扉がガラッと開いた。
「おい日向、まだいたのか」
入ってきたのは影山だった。
「あ、影山」
影山は私と日向を交互に見て、少しだけ眉をひそめる。
「帰るぞ。明日も朝練だ」
「わかってるって!」
日向は笑いながらバッグを肩にかける。
でも、出口に向かう直前、ふいに立ち止まった。
「なあ」
振り返る。
まっすぐな瞳。
「次の試合、絶対勝つから」
「うん」
「そしたらさ」
一瞬だけ、影山の視線が鋭くなる。
けれど日向は気づかない。
「ご褒美、くれよ」
「ご褒美?」
「……デート、とか」
空気が止まった。
影山のボールが、手からぽとりと落ちる。
「はぁ!?」
「なんだよ!」
顔を真っ赤にした日向が叫ぶ。
私は、鼓動が耳の奥で鳴り響くのを感じながら、それでも笑った。
「勝ったらね」
そう言うと、日向の目がきらきらと輝いた。
「マジで!? じゃあ絶対勝つ!!」
単純で、まっすぐで、どこまでも前向き。
きっとこれからも、何度も跳ぶのだろう。
私の心ごと、軽々と飛び越えて。
体育館の灯りが消える。
並んで歩く帰り道。
ほんの少しだけ、指先が触れた。
その小さな温度を、私はそっと握り返した。
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