テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
朝、スマホの通知がすべて止まっていた。LINEも、DMも、仕事の連絡も。
アプリを開こうとすると──ログインエラー。
(……あれ?)
再ログインを試みるが、パスワードが違う。
パスワードをリセットしようとしても、登録されているメールアドレスは**“私のじゃない”**ものになっていた。
全てのデータが、私の手からすり抜けていた。
アカウントが、“私じゃない誰か”に奪われていた。
慌てて母に話す。
「SNS、全部ログインできなくて……誰かに乗っ取られたかも……!」
けれど、母は笑っていた。
「何言ってんの? 昨日の夜もあんた、普通に更新してたじゃん。
新しいCMの裏話まで書いてあって、ファンが泣いてたよ」
(私、昨日は……ひとことも喋ってない)
学校では、友人の凛子が言った。
「ひより、あのインライ神回だったね!
“言葉って凶器にもなる”って言ったところ、めっちゃバズってた!」
私じゃない。
それ、私が言ってない言葉。
でも、皆はそれを“私の言葉”として消費している。
「……それ、私じゃないよ」
かすれた声で言うと、凛子が一瞬だけ、戸惑った顔をした。
「……そっか。でもさ、
“誰が言ったか”より“何を言ったか”が大事だよね」
その言葉が、胸の奥に突き刺さった。
昼休み。職員室に呼ばれた。
先生が言う。
「柊木さん、最近の活動、素晴らしいね。
君の姿勢に刺激を受けて、他の生徒も前向きになってるよ」
目が霞む。
私は、何もしていないのに。
現実の私は、どこにもいなかった。
でも──誰も、それを疑ってない。
誰も、気づかない。
その日の帰り、校門を出たところで
“もう一人の私”とすれ違った。
撮影スタッフに囲まれて、楽しそうに笑っていた。
同じ制服。
同じリズムで髪を揺らしながら、
同じイントネーションで「ありがとうございます!」と頭を下げていた。
(ねえ、それ──私の“まね”じゃないの?)
そう思った瞬間、涙が込み上げた。
けれど、涙の理由がわからなかった。
悲しいから?
悔しいから?
──いや、ちがう。
「私が消えても、世界は何も変わらない」
それが、あまりにも自然すぎて、怖かった。
その夜、画面の中の“私”が言っていた。
「この人生、誰かの真似でもいい。
私を見て、“本物”って思ってくれるなら、それでいいの。」
……それ、私が言いたかった。
でも、誰かに先に言われてしまった。
“私じゃない私”に、
私の人生すら、語られてしまった。
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