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ひよりちゃーん!こっち向いてー!」
放課後の校門。
制服姿の“私”が、笑顔で手を振っていた。
テレビ局のクルー、カメラマン、ファン。
ざわめきがひとつの渦になって、彼女──“偽物の私”を中心に回っていた。
(あれが……“私”?)
違う、違う、違う。
でも、言えなかった。
私がそこに近づこうとしたとき、スタッフに止められた。
「ごめんなさい、今は関係者以外……」
(私……関係者じゃないの?)
教室に戻ると、自分の机がなかった。
正確には、机はあった。けれど──
そこに座っているのは、“あの子”だった。
「お疲れ〜、今日はロケ3本!死ぬかと思った〜」
クラス中が笑っていた。
凛子が私を見て、一瞬だけ黙ったあと、こう言った。
「……ねえ、誰?」
え?
「誰?……って……私、柊木ひより……だけど?」
「うそ。
ひよりは、あそこにいるよ?」
凛子が指さしたのは、“もう一人の私”だった。
彼女は笑っていた。完璧に、私の顔で。
私が、いなかった。
私は慌てて声を上げようとした。
でも、喉がうまく動かない。
「わた、しが──」
声が、出ない。
喉から漏れるのは、かすれた息だけ。
叫ぼうとしても、ひとつも届かない。
黒板には「ひより誕生日会計画♡」と書かれていた。
“私”の誕生日は、今日だった。
でもその中心にいるのは、私じゃない。
チョコプレートには「Hiyori」の名前が載っていた。
笑い声、シャッター音、クラッカー。
私は教室の隅で、震えることしかできなかった。
(私、今日が誕生日だったんだ……)
それすら、知らされていなかった。
その夜、SNSを開くと──
“ひより”が今日の動画をアップしていた。
「今日はみんながサプライズしてくれて、本当に泣きそうになった!
私はひとりじゃなかったって、改めて思えた日でした♡」
私は、本当にひとりだった。
画面をスクロールすると、
「#柊木ひより生誕祭」「#ひよりしか勝たん」
そんなハッシュタグで埋め尽くされていた。
──私、どこにもいないのに。
私の言葉は消され、
声も、顔も、感情も、日常も。
全部、“私じゃない私”に奪われた。
そしてその“偽物”を、誰も疑っていない。
もう、泣くことすらできなかった。
私は、
“誰でもない”。
ただの、空気にすらなれない、存在しない誰か。