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「お、来たな」
にこっと明るい笑顔で笑う、チーノさん。
なんというか、拍子抜けしてもうた。
だって面接の時は反対って言ってた人やもん。
てっきり冷たくあしらわれるのでは。
なんて思ってしまっていた。
なんて考えていると、チーノさんはそれを見抜いたように
「面接の時は、その、なんかごめんな」
と謝る。
「いえ、そんな!信用できへん方が当たり前ですよ。」
チーノさんから見れば、見ず知らずのやつがいきなり幹部に入るもんだから疑う気持ちもわかる。
そう?ありがとうな。
と相変わらず明るく返事される。
「で、今日やることやけど。」
「はい」
「市街地行くから、とりあえず私服に着替えてきてくれへん?」
*
昼下がりの市街地は、遠くで鐘が鳴る音とともに穏やかに揺れていた。
砂ぼこりの舞う路地裏を抜け、人の行き交う市場を歩く。
僕の隣でチーノさんが誰かに軽く手を振っていた。
「よぉおばちゃん、いつものリンゴ三つな」
「はいはい、チーノちゃん。最近よう顔出すねぇ。お隣の子はお友達?」
「まぁそんな感じ。おばちゃんとこの果物が一番甘いんよ」
と目を向けられたので軽く頭を下げると
「丁寧でいい子だねぇ。おまけしようか。」
と優しくおばあさんが褒めてくれた。
「せやろ〜」と軽い口調で、チーノさんは笑いながらリンゴを受け取った。
その姿はただの街の陽気な青年。
そか、この人たちはチーノさんが幹部なん知らんのか。
私服に着替えてこいというのも、チーノさんが変装しとるのもきっと、この人たちに幹部だと知られないようにする為なんだと思う。
「……本当に、街の人たちと仲が良いんですね」
僕がつい言葉を漏らすと、チーノさんは片目を細めて笑った。
「そらそうやろ。
こういうとこでしかほんまの“声”は拾えへんねん。
机上の情報より、生の噂の方がずっと真実や」
そう言って、彼は軽くポケットから小さな紙切れを取り出した。
そこには、市街地北端の倉庫街での“夜間搬入”についての断片的なメモが。
「夜間搬入?」
と僕が聞くと
「……これ、最近ちょっと気になってるんや。
軍の補給路とは関係ない荷が、夜中に運び込まれとるらしい。」
チーノさんの声が一瞬だけ、街の喧噪に沈むほど低くなった。
その目は、さっきまでの穏やかさとは違う冷たい光を宿していた。
「……じゃあ、今夜そこへ?」
僕の問いに、チーノさんはにっと笑う。
「せやな。偵察主任の仕事は“歩いて耳を立てる”ことや。
今日は名目上の特別講習やし、お前強いし。一緒に行くで」
そう言って、彼はリンゴのひとつを僕に放り投げた。
「腹、満たしとき。夜遅いし腹減るで」
僕は受け取ったリンゴを見つめる。
どことなく、
本当になんとなく
チーノさんの笑顔の裏にはいつも何層もの“仮面”があるような気がする。
いや、仮面というよりも「役作り」というべきかもしれない。
街の人気者、陽気な青年。
情報を操る偵察主任。
鋭い面接官。
場に応じて雰囲気や人柄ごと変わるような気がする。
でも、その全てが作られた嘘には到底思えない。
「幹部ってやっぱ凄いな」
「お前は素直やんなぁ」
「へ?」
「心の声ダダ漏れやぞさっきから」
自分でも気付かぬうちに言っていてしまったらしい。
なんとなく恥ずかしくて慌てていると
「なぁ、レパロウ」
と名前を呼ばれる。
「はい?」
「お前さ、なんで幹部になりたかってん?」
唐突な問いだった。
けど、その声にはからかうような調子はなくて、
ただ静かに、真っすぐ僕の心を探るような響きがあった。
僕は一瞬、言葉に詰まった。
圧迫面接の時にも聞かれたこと。
あの時、うまく答えられなかった質問。
だって、僕が幹部になりたい理由は、言語化したらそれはそれは、、
「……正直に言っても、笑いませんか?」
と訊くと
「笑わへん。俺は好奇心で聞いとるんやなくて、“人となり”を見とるだけやから。」
真剣ながらも、にこっと笑うチーノさん。
少しだけ息を整えて、僕は口を開いた。
「かっこよかったんです。」
「かっこ、よかった?」
「自分の力で誰かを救うことが、僕には輝いて見えたんです。
自分が救われたように、自分も誰かを救いたい。
幹部になりたい理由には取るに足りないかもしれへんです。
でも、僕にとっては何よりも大切な気持ちであり原動力なんです。」
「ええやん。」
「へ?」
なんとなく、ばからしいなとか思われてるんじゃないかと思っていた。
存外、チーノさんは真摯に僕に向き合って、真剣に答えてくれているようだった。
「取るに足らないなんてことあらへんよ。
なりたい理由なんて、ご大層なものでなきゃいけないなんて誰も思ってへん。特にウチはな。」
にっ、と笑いながらかけられた声が、なんたまか太陽みたいに明るく聞こえた。
「っありがとうございます、!」
(幹部になりたい理由、背負うもん、わかったけど、、)
*
夜。
街の明かりがまばらに灯り、影が濃くなった頃。
僕とチーノさんは人気のない路地裏を抜けていた。
昼間とは打って変わって、あの穏やかな市場もすっかり静まり返っている。
「……あそこや」
指差す先にあったのは、寂れた倉庫群。
板張りの外壁は所々剥がれ、風が吹くたびに軋む音を立てていた。
「今んとこ、二人。荷馬車が一台……。合図の言葉がない。軍の補給ちゃうな。」
息を潜めながら、壁際に身を寄せた。
街では飄々としていたのに、今はまるで別人みたいに冷静で、鋭い。
「……レパロウ、お前、ここから見張っとけ。俺が正面まわって引きつける」
「え、でも――」
「大丈夫や。これは俺の仕事やから」
笑みすら浮かべず、淡々とした声。
その一瞬、背負っている“幹部”という肩書きの重さを感じた。
けれど、僕は思わず口を開いていた。
「……僕も行きます。戦闘の援護ならできますから」
すると、チーノさんは少しだけ目を細めてわらった。
「……ほんま、お前はとことんええ子やな。そやけど、命は大事にしいよ。
あくまでも講習やから、死なれたら困んで」
「はい」
短く返事をして、僕らは影に紛れた。
*
物音を立てないように、倉庫の扉を少しだけ押し開ける。
中ではニ人の男が荷物を運んでいた。木箱の中身は……
「……薬か?」
チーノさんが小さく呟いた瞬間――
「誰だッ!」
見張りのひとりがこちらを見つけ、叫び声を上げた。
「っ……!」
咄嗟に身を乗り出す。チーノさんが一歩前に出たその時――
僕の視界を横切った閃光。ナイフの刃先がチーノさんの頬をかすめた。
「!!」
一瞬の判断が命取り。
僕は反射的に前に出て、敵1人の腕を掴みそのまま床に押し付ける。
チーノさんがもう1人を足払いで倒すのが見えた。
狭い倉庫の中に、足音と荒い息だけが響く。
「気絶させます?」
「せやなぁ、、とりあえず頼む。」
数分も経たないうちに、男2人を拘束した。
「……やっぱ、やるなぁレパロウ」
「チーノさんこそ。……大丈夫ですか?顔、血が……」
「ん?ああ、これ? かすり傷や。気にすんな」
軽く笑ってはいるが、その声はどこか掠れていた。
さっきの軽口の裏に、疲労と警戒が混じっている。
気、使わせてるんかもしれん。
「……昼間の笑顔、全部演技なんですか」
思わず口にしてしまった。はっとするともう遅い。
チーノさんは驚いたように目を瞬いた。
「なんや、鋭いな。まぁ……演技っちゅうより“仕事”や」
「仕事、ですか」
「そ。人の心を知るには、まず人の懐に入らなあかん。
でもな――」
彼は少しだけ空を見上げた。
「本当は、あの笑顔でおる時も楽しいねん」
「……え?」
「せやからな、俺にとって“仮面”と“素”は同じなんやと思う。
街で笑っとる俺も、こうして潜っとる俺も、どっちもほんまの俺や。
ちょっと素の引き出しが多いってだけ。」
チーノさんは、柔らかく笑った。
夜風に髪が揺れ、倉庫の灯りがその瞳に反射して光る。
「……お前も、いつかそうなるかもしれんな。
“強い自分”も、“迷う自分”も、どっちも嘘ちゃう。
それを知った時、人は少しだけ優しくなれる」
僕はその言葉を胸の奥で噛み締めた。
“優しくなれる”――その響きが、どこか痛かった。
静まり返った倉庫に、外から風の音が差し込む。
その中でチーノさんがぽつりと呟いた。
「……レパロウ。お前、ええ幹部になるで」
「……そんな、まだ僕は」
「ええんや。完璧やなくてええ。信じたいもんを信じられる、それだけで十分や」
彼の言葉に、僕はただ、深く頷いた。
そして――
倉庫の扉を開けると、夜の冷気が頬を打った。
遠くで教会の鐘が、再び静かに鳴っていた。
*
部屋に帰り服を脱ぐと、ふと懐に入っていた食わずじまいのリンゴを思い出した。
なんとなく、夜空に掲げてみる。
赤く光った果実の向こうで、星がゆっくりと瞬いた。
「……強くなりたいな」
小さく呟いたその声を、誰かが聞いているような気がした。
⸻
「お、チーノやん。どやった?」
とりあえずタバコを一本、と思いいつものテラスに出ると先客がおった。
あ、大先生やと思いつつ、タバコに火をつけながら近寄る。
「どやった、か。なんというか、正直で心綺麗なやつやったよ。ウチにはおらんタイプやったと思いますよ。」
「なんや俺らが心汚いみたいな言い方やん。」
「そうやろ。」
「酷くて草」
なんていつも通りの会話を交わす。
でもそれだけじゃないんやろ、と兄さんは目配せしてきたので素直に俺は答える。
ci「それはそうと、なんというかレパロウは
『ええやつすぎる』
すぐ死んでまいそうなくらい。」